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日本むかしばなし集96
日期:2020-01-19 22:30  点击:336
矢村《やむら》の弥助《やすけ》

むかし、むかし、信州《しんしゆう》(いまの長野県)の矢村というところに、弥助というお百姓《ひやくしよう》がありました。年はまだわかかったのですが、正直で、働き者で、そのうえに、親孝行だったのです。ある年の暮れです。お正月のしたくをしなけりゃならないと、すこしのお金をさいふに入れて、町の方へ出かけました。たんぼのそばを通り、畑のわきを通り、林の中なんかも通って、草原へかかると、バタバタ、鳥のはばたく音が聞こえました。
「はてな。」
音のする、草の中をのぞいてみると、一羽《わ》のヤマドリがわなにかかって、バタバタもがいておりました。
「かわいそうに。これはひとつ助けてやらなくちゃ。」
弥助は、そう考え、
「どれ、どれ、助けてやるぞ。助けてやるぞ。しずかにしとれ。しずかにしとれ。」
そんなことをいって、バタバタあばれている、そのヤマドリをしずめ、わなの糸をゆるめてやりました。ヤマドリはうれしそうに、一気《いつき》に飛んで、山のかなたに逃げていきました。弥助は、ヤマドリは逃がしたものの、考えてみると、このわなをかけた人にすまないような気がしてきました。
「ヤマドリがとれると、楽しみにしているだろうに、おれ、その人にすまないことしてしまったな。」
そう、ひとりごとをいうと、ちょうど、手にもっていた、ぜにに気がつきました。穴《あな》のあいてる一文銭《もんせん》を、いくつかわらしべにとおしていたのです。
「しかたがないや。ヤマドリもかわいそうだしな。じゃ、このぜにでも、ここにはさんでおくことにするか。」
そういうと、弥助は、そのわなに、ひとさしのぜにをはさんで、その草の中から歩きだしました。しかし、もうぜにがなくなったので、町へいって、お正月のものを買うというわけにはいきません。それで、くるりとむきをかえて、家へもどってきました。そして、
「おかあさん、もどってきたよ。」
そういって、ヤマドリを助けた話をしました。おかあさんも、心のやさしい人でしたから、
「それはいいことをしました。お正月のしたくなんかなにがいるものか。」
そういって、弥助のやったことをほめました。
ところが、お正月のことです。見たこともない、娘《むすめ》さんがひとり、弥助の家をたずねてきました。そして、
「わたくしは、旅の者です。雪にふられて、たいへん、難儀《なんぎ》をしております。なんでもいたしますから、春になるまで、おうちで働かせてくださいませんか。」
こんなことをいいました。おかあさんは、弥助と相談《そうだん》して、その娘をおいてやることにしました。その娘はきれいで、やさしく、それに、おかあさんにかわって、たいへん忠実《ちゆうじつ》に、家の用事をしました。年よりのおかあさんはそれでとても助かり、一月《ひとつき》もたたないうち、すっかり気に入りました。
「こういう娘を、弥助のおよめさんにほしいと思っていたところだ。」
そう思うようになりました。それで、弥助にも話して、娘にいってみました。
「娘さん、娘さん、聞けば、あんたはおとうさんもなく、おかあさんもなく、身よりの人がひとりもないということだが、どうだろう。うちの弥助のおよめさんにはなってくださるまいか。」
すると、娘も、
「そうしていただけたら、わたくしもどんなにうれしいかわかりません。」
そういうのです。それで、娘は、弥助のおよめさんになり、そこで、三人しあわせに何年か暮らしました。
ところが、その矢村の西にそびえる有明山《ありあけやま》という大きな山に、鬼《おに》がきて住むようになりました。いろいろ悪いことをするもので、それが京の天皇《てんのう》にまで聞こえました。それで、田村将軍《たむらしようぐん》という、えらい将軍が、その鬼退治《たいじ》に、京からさしむけられてきました。田村将軍は、そのとき、矢村の弥助のうわさを聞きました。弥助が、このへん第一の弓《ゆみ》のじょうずというのです。それではと、弥助は、その鬼退治に、田村将軍のおともをせよということになりました。
いよいよ、弥助が鬼退治にいく日が近くなったとき、弥助のおよめさんが、弥助をへやによんで、そっと話しました。
「有明山へ、あなたがいく日も、いよいよ近くなりました。しかし、あそこにいる鬼は、ギシキという鬼で、いかにあなたが弓のじょうずでも、ふつうの矢では、これを射《い》たおすことはできません。とくべつの矢がいるのです。その矢というのは、十三のふしのある、ヤマドリの尾羽《おばね》をつけた矢なのです。その矢で射れば、一矢で、鬼をたおすことができます。ところが、その十三ふしあるヤマドリの尾羽というのが、なかなか手にはいるものではありません。そうはいっても、あなたにとって、こんどのことは、一生一代《いつしよういちだい》の大事《だいじ》ですから、わたくしが、その羽をさしあげます。じつはわたくしは、何年か前の年の暮れ、あの林のそばの草原で、わなにかかっていたヤマドリであります。あなたに命を助けられた、その恩《おん》がえしに、こうして長いあいだ、人間のおよめになっておりました。それでは、これが、ご恩のかえしじまいです。有明山で、てがらをたてて、おかあさんとしあわせにお暮らしください。」
およめさんは、そういうと、涙《なみだ》を流して泣《な》きました。それから、やがてヤマドリになって、バタバタ飛びたって、山の方へ、高い空《そら》へきえていきました。あとには、りっぱな、十三ふしあるヤマドリの尾羽が残してありました。
その尾羽を使って、弥助は、一本の矢をつくり、有明山の鬼を退治しました。そして、田村将軍から、大へんほうびをもらいました。
そんなに大てがらをたてた弥助の名まえは、そののちも長いあいだ信州の山奥《やまおく》に残っていました。

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04/18 10:41