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猫を抱いて長電話52
日期:2020-08-11 10:42  点击:322
 バックネット裏の我家劇
 
 私が子供のころ、わが家で�オス�と呼べるのは常に父親だけだった。
 別に女系家族というわけでもないのだが、母と妹と私に加え、かつて飼っていた二匹の犬からカナリア、文鳥に至るまで、すべてメスばかり。何かと父親の分が悪かったのはそのせいかもしれない。
 父はいわゆる�男の子のスポーツ�というのがすべて好きで、野球はもちろん、ゴルフ、サッカー、ラグビーなど、テレビ観戦するのが趣味だった。一方、我ら女族は、そうしたモロモロのスポーツに興味なし。
 ことに大正生まれの母親は、プロ野球中継の、あの喧噪《けんそう》と雑音に耐えることが出来ず、夏の夜ともなると、たいてい狭い茶の間でイライラしていたものだ。「棒で球を打って走るだけのスポーツのどこが面白いんだろう」というのが彼女の素朴な疑問であり、まあ、私や妹もそれに似たりよったりの感想を抱いていたので、夏ともなると、父は野球中継のボリュームをしぼって、ひっそりと巨人を応援していたものである。
 私は昭和二十七年生まれなのだが、周囲を見渡してみて、野球ファンの女性はまずいない。昭和三十年代後半か、あるいはその逆で、昭和十年代生まれの女性の中には、熱烈なプロ野球ファンがいるのだが、どういうわけか、この年代の女たちすべてが野球音痴。昭和二十七年生まれというと、戦後民主主義教育を受け、男の子と家庭科の授業を受けて育った年代である。野球イコール男が見るものと断定し、遠ざけたはずもなし、なんとも不思議な現象だ、と思う。
 ともかく、そんなわけで私はつい最近まで、野球にはおよそ興味はなく、恥ずかしい話だが、セ・リーグとパ・リーグというのは、どこかの証券会社の投資信託の名称だと思っていたし、王選手というのは「野球の王様」という意味の「王」だと思っていたことすらあった。
 そんな具合だから、私を相手に野球の話をしてくる人はおらず、野球とは縁遠い生活をしてきた。その私が、野球狂と連れ添うなどと、想像したことがあったろうか。
 そう、現在の私のツレアイは、自他ともに認める野球狂である。プロ野球中継は、一晩たりとも見逃さない。中継はたいてい夕食時間に放送されるので、こちらはテレビの大音響と、彼が、打て! 馬鹿野郎! と品のない声援を送りながら飛ばし続ける御飯粒の中で慌ただしく食事をとる羽目に陥る。
 その上、彼は解説好き。別にいちいち解説してくれなくてもいいよ、ひとりで楽しんでればいいじゃない、と言うのだが、ひとりで観戦するのは面白くないらしく、ともかくすべての選手の癖にはじまり、血液型、性格分析、何故、あいつは最近調子が出ないのか、といったことに至るまで、テレビ中継の間中、喋《しやべ》りつづける。
 まして贔屓《ひいき》チームが逆転ホームランでも打とうものなら、試合が終わった後三十分近く興奮して、私を相手にお喋り。その後でまたプロ野球ニュースを見るのだから、これは凄い。凄いエネルギーである。
 こうした男と長年一緒にいて、野球音痴が音痴のままでいられるだろうか。
 セ・リーグを投資信託の名前だと思っていた私は、今では新しく入った外人選手の名前と顔がすぐに一致するし、巨人の原が案外弱気だったこと、王監督が教育ママ的な神経質な性格であること、カープの高橋がすごく負けず嫌いで、博打《ばくち》で生活しても生きられそうであること……等々を知った。
 最近では「ボリュームをしぼってよ」と文句を言いながらも、ツレアイと一緒になって画面を見ている。ちなみに私はカープファン、四年前だったか、初めて熱心に見たのが、広島巨人戦で、その時あのおイモみたいにコロコロした愛すべき長嶋選手が驚異のサヨナラホームランを二日続けて打った。以来広島カープは偉大なりと信じているのである。
 蛇足ながら広島カープの選手には、私と同じ蠍《さそり》座生まれの人が多い。縁起かつぎばかりしている私としては、カープの調子がいいと、自分も調子よく仕事ができる、とこれまた信じている次第。
 今夜もまた「打て! ヒットでいい、ヒットで」とわめきちらすツレアイを横に、そのうるささに眉をひそめながらも、思わず「突っ込め」などと騒いでしまう、わが家の品のない夕餉《ゆうげ》のひとときが始まるのであろう。プロ野球中継は家族の平和の象徴なり。

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