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十二国記002
日期:2020-08-18 09:30  点击:333
 陽子が通っているのは平凡な女子校だった。女子校であるということ以外、なんの特徴もない私立高校。父親が断固として選んだ学校だった。
 陽子の中学時代の成績は比較的よいほうだったから、もっと上のレベルの学校も狙《ねら》えたし、事実教師は強くほかの学校をすすめたのだが、父親はゆずらなかった。家から近いこと、悪い気風も、反対に華やかな校風もないことが気に入ったらしい。
 最初は模試の成績表を見て惜《お》しそうにしていた母親も、すぐに父親に賛成した。両親がうなずけば陽子には選択の余地がない。すこし離れたところに制服が気に入っている学校があったが、制服にこだわってダダをこねるのも気がとがめたので、だまってそれにしたがった。そのせいかどうか、入学して一年になろうとしている学校には、今も特に愛着がわかない。
「おっはよー」
 陽子が教室に入ると、あかるい声がした。二、三の女の子が陽子にむかって手を上げている。なかのひとりが駆けよってきた。
「中嶋《なかじま》さん、数学のプリントやってる?」
「うん」
「ごめーん。見せて」
 陽子はうなずく。窓際にある自分の席についてからプリントを引っぱり出した。数人の女の子が机のまわりに集まって、さっそくそれを写しはじめる。
「中嶋さんってまじめなんだねぇ。さっすが、委員長」
 言われて陽子はあいまいに微笑《わら》う。
「ホント、まじめ。あたし宿題なんてきらいだから、すぐ忘れちゃう」
「そう、そう。やろうと思ってもよくわかんないし。ダラダラ時間かかって、それで眠くなっちゃうんだよね。頭のいいひとはいいよなぁ」
「こんなの、一瞬で終わっちゃうんでしょ」
 陽子はあわてて首をふる。
「そ、そんなことない」
「じゃ、勉強が好きなんだ」
「まさか」
 陽子は笑ってみせた。
「うち、母親が厳しくて」
 それは事実ではなかったが、こう言っておいたほうがカドがたたない。
「寝る前にいちいちチェックするから、いやになっちゃう」
 母親はむしろ陽子が勉強することをきらう。成績などどうでもいいというわけではなかったが、塾に行く時間があったら家事を覚えなさい、というのが母親の言い分だった。それでもまじめに勉強をするのは、好きだからというわけではない。ただ教師に叱《しか》られるのが怖いからだった。
「ひゃあ。教育ママなんだ」
「そうなの。勉強、勉強ってうるさくて」
「わかる、わかる。ウチもだよぉ。人の顔見ると、勉強ってさぁ。自分はそんなに勉強が好きだったのか、ってーの」
「だよね」
 どこかほっとしながら陽子がうなずいたとき、女の子のひとりが小さな声をあげた。
「あ、杉本《すぎもと》だ」
 教室にひとりの少女が入ってくるところだった。
 チラチラと全員の視線が向けられて、そうしてすぐに離れていった。しんとそらぞらしい空気が流れる。
 その生徒を無視するのが、ここ半年ほどクラスではやっている遊びだった。彼女はそんなクラスの様子《ようす》を上目づかいに見わたしてから深くうつむいた。おずおずと陽子のほうに歩いてくると左隣の席に腰をおろす。
「中嶋さん、おはよう」
 遠慮がちに声をかけられて陽子はとっさに返事をしそうになり、あわててそれをのみこんだ。いつだったか、うっかり返事をして、あとでクラスメイトに皮肉を言われたことがある。
 それでもだまったまま気がつかなかったふりをした。くすくすと周囲でしのび笑いがおこる。
 笑われたほうは傷ついたようにうつむいたが、物言いたげに陽子に視線をよこすのをやめなかった。それを感じながら、陽子は周囲の会話に相づちをうつ。無視される彼女を哀れに思うけれど、情けをかけて周囲に逆らえば今度は自分が被害者になる。
「あの……中嶋さん」
 隣からおずおずとした声が聞こえたが、陽子はこれにも気がつかなかったふりをした。故意に無視する気分はにがい。それでも陽子には、ほかにどうすればいいのかわからなかった。
「中嶋さん」
 彼女は辛抱《しんぼう》づよく何度もくりかえす。そのたびに周囲の声がとぎれ、やがてその場に集まっていた全員が彼女のほうに冷たい視線を向けた。陽子もそれ以上無視することができなくて、上目づかいに自分を見ている相手に目を向ける。視線を向けたが、返答はしなかった。
「あの……数学の予習やってる?」
 彼女のおずおずとした声に、陽子の周囲がどっと笑いくずれた。
「……いちおう」
「悪いけど、見せてくれない?」
 数学の教師は授業で当てる生徒を前もって指名する。そういえば彼女が今日指名されていたことを陽子は思い出した。
 陽子は視線を友人たちに向ける。誰もなにも言わず、同じ色の視線でそれにこたえた。全員が、彼女を拒絶する陽子の言葉を期待しているのだとわかる。陽子はにがいものをのみこんだ。
「まだ、見直しをしたいところがあるから」
 婉曲《えんきょく》な拒絶は観客の気に入らなかったようだった。すぐさま声がかかる。
「中嶋さんって、やさしーい」
 ふがいない、と暗に責めている声だ。陽子は無意識のうちに見をすくめた。別の生徒がそれに同意する。
「中嶋さん、ピシャッと言えばいいのに」
「そうそう。あんたなんかに、声をかけられるの、迷惑だって」
「世の中にはハッキリ言わないとわからないバカっているからさぁ」
 陽子は返答に困る。周囲の期待を裏切る勇気は持てないけれど、同時にまた、隣の席でうつむいているクラスメイトにあえてひどい言葉を投げつける勇気も持てなかった。それで陽子はただ困ったように微笑《わら》う。
「……うーん」
「ホントにら中嶋さんって、ひとがいいんだから。だから誰かさんみたいなのに、アテにされるんだって」
「あたし、いちおう委員長だし……」
「当たるのがわかってるのに、やってこないほうが悪いんだって。そんな奴のめんどうまでみることないよぉ」
「そう。──だいいち」
 と言った生徒は酷薄《こくはく》な笑みをうかべた。
「杉本なんかにノートを貸したら、ノートが汚れるじゃない」
「あ、それは困るかも」
「でしょお?」
 どっ、と再び全員が笑いくずれる。いっしに笑いながら陽子は視線のすみで隣の席の様子をうかがう。深くうつむいた少女は涙をこぼしはじめた。
 ──杉本さんにも、責任はある。
 陽子はそう自分に言い聞かせる。誰もが理由もなく被害者を決めるわけではない。被害者になったからには、彼女の中にそれなりの要因があるのだ。

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