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虞美人草 十六 (8)
日期:2021-05-05 23:32  点击:286
「何が何だか分りゃしない。まるで八幡(やわた)藪不知(やぶしらず)這入(はい)ったようなものだ」
「本当に――要領を得ないにも困り切る」
 (おとっ)さんは額に(しわ)を寄せて上眼(うわめ)を使いながら、頭を()で廻す。
「元来そりゃいつの事です」
「この間だ。今日で一週間にもなるかな」
「ハハハハ(わたし)の及第報告は二三日(おく)れただけだが、父さんのは一週間だ。親だけあって、私より倍以上気楽ですぜ」
「ハハハだが要領を得ないからね」
「要領はたしかに得ませんね。早速要領を得るようにして来ます」
「どうして」
「まず甲野に妻帯の件を説諭して、坊主にならないようにしてしまって、それから藤尾さんをくれるかくれないか判然(はっきり)談判して来るつもりです」
「御前一人でやる気かね」
「ええ、一人でたくさんです。卒業してから何にもしないから、せめてこんな事でもしなくっちゃ退屈でいけない」
「うん、自分の事を自分で片づけるのは結構な事だ。一つやって見るが好い」
「それでね。もし甲野が(さい)を貰うと云ったら糸をやるつもりですが好いでしょうね」
「それは好い。構わない」
一先(ひとまず)本人の意志を聞いて見て……」
「聞かんでも好かろう」
「だって、そりゃ聞かなくっちゃいけませんよ。ほかの事とは違うから」
「そんなら聞いて見るが好い。ここへ呼ぼうか」
「ハハハハ親と兄の前で詰問しちゃなおいけない。これから私が聞いて見ます。で当人が好いと云ったら、そのつもりで甲野に話しますからね」
「うん、よかろう」
 宗近君はずんど(ぎり)洋袴(ズボン)を二本ぬっと立てた。仏見笑(ぶっけんしょう)二人静(ふたりしずか)蜆子和尚(けんすおしょう)()きた布袋(ほてい)の置物を残して廊下つづきを中二階(ちゅうにかい)へ上る。
 とんとんと二段踏むと妹の御太鼓(おたいこ)奇麗(きれい)に見える。三段目に水色の(リボン)が、横に傾いて、ふっくらした片頬(かたほ)が入口の方に向いた。
「今日は勉強だね。珍らしい。何だい」といきなり机の横へ坐り込む。糸子(いとこ)ははたりと本を伏せた。伏せた上へ肉のついた丸い手を置く。


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