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虞美人草 十七 (11)
日期:2021-05-25 23:52  点击:316

「ホホホホ一番あなたによく似合う事」
 藤尾の癇声(かんごえ)は鈍い水を(たた)いて、鋭どく二人の耳に()ね返って来た。
「藤……」と動き出そうとする宗近君の横腹を突かぬばかりに、甲野さんは前へ押した。宗近君の眼から活人画が消える。追いかぶさるように、(うしろ)から()(かか)って来た甲野さんの顔が、親しき友の耳のあたりまで着いたとき、
「黙って……」と小声に云いながら、(けむ)に巻かれた人を植込の影へ引いて行く。
 肩に手を掛けて押すように石段を(あが)って、書斎に引き返した甲野さんは、無言のまま、扉に似たる仏蘭西窓(フランスまど)を左右からどたりと立て切った。上下(うえした)栓釘(ボールト)(かた)のごとく()す。次に入口の戸に向う。かねて差し込んである(かぎ)をかちゃりと回すと、(じょう)は苦もなく()りた。
「何をするんだ」
「部屋を立て切った。人が這入(はい)って来ないように」
「なぜ」
「なぜでも好い」
「全体どうしたんだ。大変顔色が悪い」
「なに大丈夫。まあ掛けたまえ」と最前の椅子を机に近く引きずって来る。宗近君は小供のごとく命令に服した。甲野さんは相手を落ちつけた(のち)、静かに、用い()れた安楽椅子に腰を(おろ)す。体は机に向ったままである。
「宗近さん」と壁を向いて呼んだが、やがて首だけぐるりと回して、正面から、
「藤尾は駄目だよ」と云う。落ちついた調子のうちに、何となく(ぬる)暖味(あたたかみ)があった。すべての枝を緑に返す用意のために、()びたる中を人知れず通う春の脈は、甲野さんの同情である。
「そうか」
 腕を組んだ宗近君はこれだけ答えた。あとから、
「糸公もそう云った」と沈んでつけた。
「君より、君の妹の方が眼がある。藤尾は駄目だ。飛び上りものだ」
 かちゃりと入口の円鈕(ノッブ)(ねじ)ったものがある。戸は()かない。今度はとんとんと外から(たた)く。宗近君は振り向いた。甲野さんは眼さえ動かさない。
「うちやって置け」と冷やかに云う。



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