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虞美人草 十八 (3)
日期:2021-05-25 23:52  点击:355

 浅井君はつまらなくなる。早く用を片づけて帰ろうと思う。
「先生小野はいっこう駄目ですな、ハイカラにばかりなって。御嬢さんと結婚する気はないですよ」とぱたぱたと順序なく並べた。
 孤堂先生の(くぼ)んだ(まなこ)は一度に鋭どくなった。やがて鋭どいものが一面に広がって顔中苦々(にがにが)しくなる。
()した方が()えですな」
 置き()くした験温器を()がしていた、次の間の小夜子は、長火鉢の二番目の抽出(ひきだし)を二寸ほど抜いたまま、はたりと引く手を留めた。
 先生の苦々(にがにが)しい顔は一層こまやかになる。想像力のない浅井君はとんと結果を予想し得ない。
「小野は近頃非常なハイカラになりました。あんな所へ行くのは御嬢さんの損です」
 苦々しい顔はとうとう持ち切れなくなった。
「君は小野の悪口を云いに来たのかね」
「ハハハハ先生本当ですよ」
 浅井君は妙なところで高笑をいた。
「余計な御世話だ。軽薄な」と鋭どく()ねつけた。先生の声はようやく尋常を離れる。浅井君は始めて驚ろいた。しばらく黙っている。
「おい験温器はまだか。何をぐずぐずしている」
 次の間の返事は聞えなかった。ことりとも云わぬうちに、片寄せた障子(しょうじ)に影がさす。腰板の(はずれ)から細い白木の(つつ)がそっと出る。畳の上で受取った先生はぽんと云わして筒を抜いた。取り出した験温器を日に(かざ)して二三度やけに振りながら、
「何だって、そんな余計な事を云うんだ」と度盛(どもり)(すか)して見る。先生の精神は半ば験温器にある。浅井君はこの間に元気を回復した。
「実は頼まれたんです」
「頼まれた? 誰に」
「小野に頼まれたんです」
「小野に頼まれた?」
 先生は(わき)の下へ験温器を持って行く事を忘れた。茫然(ぼうぜん)としている。
「ああ云う男だものだから、自分で先生の所へ来て断わり切れないんです。それで僕に頼んだです」
「ふうん。もっと(くわ)しく話すがいい」
「二三日(じゅう)に是非こちらへ御返事をしなければならないからと云いますから、僕が代理にやって来たんです」


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05/20 21:15