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第十六章  殺人リハーサル 二(5)
日期:2023-12-29 16:29  点击:256

「それはてめえみてえな平民野郎のいうこった。むこう様は華族様でいらっしゃる。華族

の恩典になれ、特権意識のなかでうまれ、育ったエリートさんだ。千万円なんて眼くされ

金なんかにゃ眼もくれねえ。それより旦那さんに死んでいただきゃ、新憲法によってあの

あま、遺産の三分の一にありつけらあ。なおそのうえにあのお嬢さんにも死んでいただ

きゃ、全財産がころがりこむという寸法さ。さてそのあとでほとぼりの冷めるのを待っ

て、もとの鞘におさまろうという魂胆なんですね」

「なアるほど」

 田原警部補も感にたえたように、

「そうすると、篠崎さんが意志表示をするまえに、ことを決行する必要があったわけです

ね」

「つまり巧遅より拙速をえらんだんですね。いや、選ばざるをえなかったんじゃないで

しょうか。以前からそういう計画が練られていたにしても、篠崎さんの最近の気持ちに気

がつくのが、遅過ぎたんじゃないでしょうか」

「ひょっとするとあのあま、こっちへ来てから気がつきやがったのかもしれねえ。そこで

急きゆう遽きよそのむねを男のほうへ伝達したのかもしれませんな。そうするとどうして

もきょうの法要のまえに、決行しなきゃならねえことになってきた。そこでその際話に出

た片腕男を利用しようと、こういうわけなんですね」

「だからふたりのあいだにもうひとつ、綿密な打ち合わせができていなかったというより

は、綿密な打ち合わせをするひまがなかったんじゃないでしょうか。ことはあまりにも急

を要した………」

「金田一先生、あの女は自分の情夫を殺した男を、柳町さんだと気がついていたんでしょ

うか」

「まさかねえ。ああいう不幸な偶然が割り込んでこようとは、だれだって思いおよばぬと

ころですからねえ」

「あのあま、自分の亭主を疑ってたんじゃねえんですか」

「それは当然そうあるべきですね。あの女も古館氏が片腕男の扮装をしていることには気

がついたはずですからね。古館氏が片腕男に扮して、なにかやろうとしていたところを、

逆に篠崎さんにしてやられた……と、こう思い込んでいたんじゃないですか。だから、篠

崎さんの命をねらったのも、財産も財産だが、一種の復讐心……外げ道どうの逆恨み的復

讐心も手伝っていたんじゃないですか」

「なるほど、それであのビリケンさんが殺やられたわけもわかりますな。亭主をやっつけ

るまえに、ビリケンさんを殺っておかなきゃ、あとでああいう写真を持ち出されちゃ、元

も子もなくなりますからな。その巻き添えをくらったのが、あの可哀そうなタマ子という

わけですか。やれやれ」

 この老巧な刑事にして、はげしく身ぶるいをせずにはいられないほど、これは恐ろしい

事件であった。いかにここが迷路のような建物とはいえ、うば玉の闇の衣を身につけて、

廊下から廊下へ、地下の抜け穴から抜け穴へと、徘徊する殺人鬼、それが高貴な面差しを

もった誇り高き女性であるだけに、一同の恐怖の思いはいやましにつのるのである。

 金田一耕助も思い出したようにはげしく身をふるわせると、

「あのとっぴな殺人の予行演習といい、子供だましの密室のトリックといい、みんなエ

リート意識の強い、自分だけが利口であると思いあがった、そのじつ猿の浅知恵みたいな

男と女が企んだ、それだけに世にも恐ろしい事件でしたね、これは」

 それから三人をふりかえって、

「さあ、これでだいたい討論もおわったようです。これからむこうへいって篠崎さんに泥

を吐いてもらおうじゃありませんか。あのふたりの関係に気がついていたことを。そして

一千万円のノシをつけて、あの女をあの男に返上するつもりであったということを」

 篠崎慎吾はいさぎよく泥を吐いた。

 そして、その夜のうちに田原警部補の口から発表された事件の真相が、新聞やラジオで

報道されたとき、いかに世間が驚倒したか、いまさらここに申し述べるまでもあるまい。


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