日语学习网
第二のしみ(2)
日期:2024-02-20 15:01  点击:295

「閣僚のほかに、二人や三人、その手紙のことを知っている局員がおります。でもイギリ

スにはほかに誰もおりません」

「でも、外国にいるのですか」

「それを書いた人のほか、誰も見たものはないと信じます。大臣といえどもです。これ

は、普通の事務手続きの経路を通ってきたものではないのですから」

 ホームズはしばらく考えていたが、

「では、この手紙の内容が何であったかということ、その紛失が、なぜさほどの重大な結

果をひき起こすものであるかを、お尋ねいたしましょう」

 ふたりの政治家はすばやい一瞥 いちべつ を交換した。総理は、毛深い眉をひそめて、

「ホームズさん、封筒は薄青い色で、長くて、薄いものです。ライオンがうずくまった画

のある、赤い封蝋 ふうろう がしてありました。宛名は太い筆蹟のもので……」

「恐縮ですが、そうした細かい点も、面白くて重要ですが、私のお聞きしたいことは、

もっと根本的なことです。手紙の内容は何でございましたか」

「それは最も重要な国家の機密です。残念ですが、申し上げるわけにはまいりませんし、

それに必要だとも思いませんが。あなたは優れた力を持っていらっしゃると聞いておりま

すが、その助けを借りて、私が先ほど申し上げましたような封筒を発見していただけれ

ば、国家に貢献することになりますし、われわれの力でできます限りの礼金を差し上げた

いと思います」

 シャーロック・ホームズは、にっこりとして立ち上がった。

「あなた方お二人とも、この国で最もお忙しい方ですし、私とて、小さいながら、訪問客

が多いのです。残念ですが、この問題であなたのお手伝いをすることはできません。これ

以上お会いしても、時間の空費かと思います」

 総理は、あの内閣の面々がちぢみ上がるといわれるほどの深く落ちくぼんだ眼を、ギラ

リと光らせて、「それはまたどうして……」とやり出したが、すぐに怒りを抑えて、席に

ついた。一分やそこら、われわれはしんと静まりかえって坐っていた。だが、やがてこの

老政治家は肩をすくめて、

「ホームズさん、あなたの条件を受け入れましょう。もちろん、あなたは正しい。あなた

のことを充分信頼しないような態度で、やってもらおうということは不当だったと思いま

す」

「私もそう思います」とホームズは言った。

「では、あなたと友人であられるワトスン先生の節操に信頼して、申し上げましょう。そ

してまた、この事件が発覚すれば、これ以上の大きな不幸は想像もできないのですから、

とりわけあなたたちの愛国心に訴えたいのです」

「大丈夫、信頼していただいて結構です」

「手紙は、この国の、いくつかの植民地の最近の発展にいらだった、ある外国の君主から

のものです。それはまったく君主自身の責任において、急いで書かれたものです。調査の

結果、彼の国の大臣もそのことを知らなかったことがわかりました。ある文句などは挑発

的な性格を持っておりますので、公表しますと、わが国の国民感情をいたく刺激するもの

と思います。そのように人心が激昂して参りますと、公表後一週間以内に、大戦争にまき

こまれると申しても、差しつかえないと思います」

 ホームズは紙片にある人物の名前を書いて、総理に渡した。

「そうです。その男です。そしてこの男の手紙が……十億ポンドの経費と十万の生命に価 あ

たい するこの手紙が、不思議な紛失の仕方をしてしまったのです」

「あなたは差し出し人に知らせましたか」

「はい、暗号電報を打ちました」

「たぶん、先方では公表を望んでいることでしょう」

「そうじゃないんです。自分でも、無分別な激情的なやり方をしたことを認めていると信

ずべき有力な理由があるのです。もしも発表されたら、われわれよりも、君主やその国が

大きな打撃を受けるのです」

「そうしますと、手紙を受けることによって、誰が利益を受けるのでしょう。なぜにそれ

を盗んだり、公 おおやけ にしたりしたがるのでしょう」

「そこは、ホームズさん、高等な国際政治の見地から説明しなければなりません。でも

ヨーロッパの事態を考えてみますれば、その動機をつかむのはわけはないはずです。ヨー

ロッパ全体が武装陣営です。それが二つの同盟に別れて、軍事力の均衡を保っているわけ

です。大英帝国は中立を維持しています。もしもイギリスがある同盟国と戦争をするよう

なことになれば、いま一方の同盟は、戦争に参加すると否とを問わず、有利な立場になる

わけです。納得できましたかね」

「よくわかりました。それでは、君主国とわが国とを仲違いさせるために、この君主の敵

さんが、手紙を手に入れて、公表する。そうすれば有利になるというわけですね」

「そうです」

「手紙が、敵側の手に入ったら、どこへ送るつもりなんでしょう」

「ヨーロッパのどこの大使館でも結構でしょう。現に蒸気機関のなし得る限りの速さで、

そちらに向かっているでしょうね」

 トリローニー・ホープ氏は、頭を垂れて、大きくうめいた。総理は優しくその肩に手を

置いた。

「これは、不運というものですよ。誰も非難できるものじゃない。君だって警戒の手を省

いたわけじゃない。さて、ホームズさん、あなたには何もかも申しましたが、あなたでし

たらどういう方針をお取りになるでしょうか」

 ホームズは、悲しそうに首を振って、

「この文書が取り返せないなら、戦争になるとお考えになりますか」

「おおいに、あり得ることだと思います」

「では、戦争の準備をすることですね」

「それはひどいお言葉です」

「事実をお考え下さい。取ったのは夜の十一時半以後だとは考えられません。なぜなら

ホープ氏も奥さんも、その時間から紛失に気がつくまで、寝室においでだったということ

ですからね。そうしますと、取ったのは昨晩の七時半から十一時半まで、それも七時半の

ほうの時間に近かったと考えられます。取った者は、それがそこにあることを知って忍ん

で来て、できるだけ早く、取りたかったろうと思うのです。もしその時間に取ったとしま

すと、手紙はどこにあるのでしょうか。抱えておくわけがありません。それを必要とする

者に、急速に渡されているはずです。そうすれば、取り戻したり、または行方を尋ねたり

することさえできないのではないでしょうか。私たちの力のおよびがたい所です」

 総理は長椅子から立ち上がって、

「おっしゃることはみな、ごもっともです。この問題は、本当に、手の下しようがない」

「議論のための仮定として、手紙を取ったのは、女中か、執事としてみましょうか……」

「ふたりとも古くからいる、試験ずみの召使いです」


分享到:

顶部
05/19 02:12