【藤原基経】
(ふじわら‐の‐もとつね)
平安前期の公卿。太政大臣。関白。通称、堀河太政大臣。父は長良。母は総継の娘。叔父良房の養子となる。貞観一四年良房の後をつぎ、陽成天皇の摂政となり、陽成天皇を廃して光孝天皇を擁立、政治を委任されて後の関白職をひらいた。次いで宇多天皇をたて、最初の関白の詔を賜ったが、この時阿衡事件を起こし、天皇家に対する藤原氏の発言力を確立。死後、越前公に封ぜられ、昭宣公の諡号(しごう)を賜る。(八三六~八九一)