カンパリ・サンセット
その日、僕とKは南カリフォルニアにいた。
僕はCFのディレクターで、Kはプロデューサーだった。
これから撮影するCFのために、2人でロス・アンゼルス周辺をロケハンしていた。
ロケハンは順調に終わった。撮影場所は、ほとんど決まった。
あとは、2日後に日本から到着するロケの本隊を待てばいい。
そんな、ひと息ついた日の夕方だった。
5時過ぎだったと思う。
僕とKは、マリナ・デル・レイのバーにいた。
マリナ・デル・レイは、ロスの南。世界で最も大きいといわれるヨット・ハーバーだ。
ハーバーの中には、レストランも何軒かあった。そのひとつに、僕らはいた。
アメリカでは、たいていのレストランにバーがついている。
食事前の1、2杯をそこでやるのもいい。バーで待ち合わせするのもいい。もちろん、ただ飲むだけでもいい。
僕とKの目的は、その最後のものだった。
そのシーフード・レストランのバーからのながめが、抜群に良かったのだ。
特に夕方。たそがれていくハーバーが、並んでいるボトルの向こうにある。
ハーバーに戻ってくるヨットが、ゆっくりと夕陽の中をよぎっていく。
そんな風景をながめながら飲む一杯は、悪くない。
よくぶつかった僕とKの意見も、それだけは、みごとに一致していた。
その日、僕とKは南カリフォルニアにいた。
僕はCFのディレクターで、Kはプロデューサーだった。
これから撮影するCFのために、2人でロス・アンゼルス周辺をロケハンしていた。
ロケハンは順調に終わった。撮影場所は、ほとんど決まった。
あとは、2日後に日本から到着するロケの本隊を待てばいい。
そんな、ひと息ついた日の夕方だった。
5時過ぎだったと思う。
僕とKは、マリナ・デル・レイのバーにいた。
マリナ・デル・レイは、ロスの南。世界で最も大きいといわれるヨット・ハーバーだ。
ハーバーの中には、レストランも何軒かあった。そのひとつに、僕らはいた。
アメリカでは、たいていのレストランにバーがついている。
食事前の1、2杯をそこでやるのもいい。バーで待ち合わせするのもいい。もちろん、ただ飲むだけでもいい。
僕とKの目的は、その最後のものだった。
そのシーフード・レストランのバーからのながめが、抜群に良かったのだ。
特に夕方。たそがれていくハーバーが、並んでいるボトルの向こうにある。
ハーバーに戻ってくるヨットが、ゆっくりと夕陽の中をよぎっていく。
そんな風景をながめながら飲む一杯は、悪くない。
よくぶつかった僕とKの意見も、それだけは、みごとに一致していた。
□
彼女が入ってきたのは、僕らのグラスが半分ぐらい空いた頃だった。
バーは、ガランとすいていた。長いカウンターにいるのは、僕とKだけだった。
彼女がバーに入ってきたとき、ごく自然に僕らはそっちを見た。
白人。20代の前半だろう。
肌が、きれいに陽灼《ひや》けしていた。時間をかけて、自然にできた陽灼けの色だった。
このハーバーの中にコンドミニアムを持っているのかもしれない。あるいは、ハーバーの中で仕事をしているのかもしれない。
とにかく、週に1、2回はクルージングに出ているように思えた。
そんな肌の色に似合う、オフ・ホワイトのニットを着ていた。きびきびとカウンターに歩いてきた。
彼女はアメリカ人らしく、僕らに軽く微笑みかける。僕らと3つはなれた椅子《スツール》に坐った。
坐りながら、ちらりと腕時計を見た。たぶん、誰かとここで食事をする約束になっているんだろう。
バーテンダーが、彼女に近づいていく。僕とKは、自然、彼女のオーダーに注目した。
彼女は、カウンターに両ヒジを突く。まず、
「カンパリ」
と、ひとこと。そして、
「アンド・ウォーター。レモン・スライスもお願い」
と、迷いのかけらもない声で言った。
カンパリの水割りということらしい。Kが僕を見て微笑《わら》った。〈やるもんだね〉という微笑いだった。
食前の1杯に、カンパリの水割り。カンパリ・ソーダでもカンパリ・トニックでもなく、水割り。
カンパリのホロ苦さは好きだけれど、炭酸が好きではないのかもしれない。炭酸が、ときには食欲のじゃまをすることを知っているのかもしれない。
いずれにしても、粋《いき》なオーダーだった。
氷。カンパリ。そしてミネラル・ウォーター。最後にレモン・スライスを浮かべたグラスが、彼女の前に置かれた。
落ち落いた動作で、彼女はそれを口に運ぶ。
南カリフォルニアの夕陽が、彼女の整った横顔に、カンパリの赤に、照りはえている。
その横顔に向けてムービー・カメラを回したいと、僕は思った。Kも、同じことを考えているようだった。
彼女のグラスの中で、氷が涼しげにチリンと鳴った。
バーは、ガランとすいていた。長いカウンターにいるのは、僕とKだけだった。
彼女がバーに入ってきたとき、ごく自然に僕らはそっちを見た。
白人。20代の前半だろう。
肌が、きれいに陽灼《ひや》けしていた。時間をかけて、自然にできた陽灼けの色だった。
このハーバーの中にコンドミニアムを持っているのかもしれない。あるいは、ハーバーの中で仕事をしているのかもしれない。
とにかく、週に1、2回はクルージングに出ているように思えた。
そんな肌の色に似合う、オフ・ホワイトのニットを着ていた。きびきびとカウンターに歩いてきた。
彼女はアメリカ人らしく、僕らに軽く微笑みかける。僕らと3つはなれた椅子《スツール》に坐った。
坐りながら、ちらりと腕時計を見た。たぶん、誰かとここで食事をする約束になっているんだろう。
バーテンダーが、彼女に近づいていく。僕とKは、自然、彼女のオーダーに注目した。
彼女は、カウンターに両ヒジを突く。まず、
「カンパリ」
と、ひとこと。そして、
「アンド・ウォーター。レモン・スライスもお願い」
と、迷いのかけらもない声で言った。
カンパリの水割りということらしい。Kが僕を見て微笑《わら》った。〈やるもんだね〉という微笑いだった。
食前の1杯に、カンパリの水割り。カンパリ・ソーダでもカンパリ・トニックでもなく、水割り。
カンパリのホロ苦さは好きだけれど、炭酸が好きではないのかもしれない。炭酸が、ときには食欲のじゃまをすることを知っているのかもしれない。
いずれにしても、粋《いき》なオーダーだった。
氷。カンパリ。そしてミネラル・ウォーター。最後にレモン・スライスを浮かべたグラスが、彼女の前に置かれた。
落ち落いた動作で、彼女はそれを口に運ぶ。
南カリフォルニアの夕陽が、彼女の整った横顔に、カンパリの赤に、照りはえている。
その横顔に向けてムービー・カメラを回したいと、僕は思った。Kも、同じことを考えているようだった。
彼女のグラスの中で、氷が涼しげにチリンと鳴った。