娘と大きな鐘(2)
日期:2022-08-08 23:57 点击:261
百
姓たちは、
寺へ
押しかけてきました。
「ここの
寺男は、どうして、
鐘を
打たないのだ?
病気で
打てなけりゃ、ほかに、いくらでもつとめるものがある。
俺たちの
村ばかり、
毎日、
火の
消えたようでは、ほかの
村に
対しても、こんな
大きな
鐘を
持ちながらみっともねえし、だいいち
朝起きるにも、
仕事を
休むにも
不便で
困っちまうだ。」と、わめくように、いいました。
「まことに、もうしわけがありません。きっと
明日から
鐘をつきます。もう、
今日一
日、
休ましてください。」と
寺男は、
臥ながら、
手を
合わして、
拝まんばかりにして、みんなに
頼みました。
「じゃ、
今日だけ
我慢してやる。
明日の
朝から、
鐘をつかねえようなら、きっと、ほかの
男にお
坊さまにいって
代わってもらうから。」と、みんなはいって
帰りました。
そばで、この
有り
様を
見ている
娘は、どうしたらいいかと
思いました。
病気の
父親が、
気の
毒でならなかったのです。もし、
自分に、もっと
力がありさえすればいいものをと、うらめしく
思いました。また、
自分たちが、この
寺を
出されたら、
二人は、どこへいったらいいものかと
気をもんだのであります。
娘は、お
坊さまのところへやってまいりました。
「どうか、おしょうさま、
私のお
父さんを
置いてください。たとえ、
明日、みんながやってきましても、ほかの
人を
寺男にしないようにお
願いします。」と、たのみました。
多少耳の
遠くなったお
坊さまは、
耳を
娘の
方へやるようにして、
聞いていましたが、うんといわずに、
頭を
振りながら、
「このお
寺は、
私のものじゃない。みんな
村の
人たちのものじゃ。
村の
人のいけないということは、
私にどうすることもできない。」と、
答えたのです。
娘は、お
坊さまだけは、
助けてくださると
思ったのを
思いがけない
返事をきいて、まったく
力を
落としてしまいました。そして、
泣きながら、
「どうしたら、
私のお
父さんの
病気が、よくなりましょうか。」と、
訴えるように、
申しました。
お
坊さまは
前歯の
抜けた
口をもぐもぐさしながら、
「
赤いすいれんの
花を
煎じて
飲めば、たいていの
病気はなおるものじゃ。」と、
答えました。
娘は、
寺を
出て、
里川をたずねて
歩きました。どこを
見ても、
赤いすいれんは
咲いていませんでした。一つ
山を
越して、そこには、
大きな
池があります。
大空に
漂っている、
夏の
雲が、
静かな
水の
面に、
影を
映していました。
娘はその
淵に
立って、
水の
上を
見ますと、そこに、
赤いすいれんの
花が、二つ三つ、ちょうど
星のように、
美しく
咲いていたのであります。
「まあ、きれいだこと。これを
採ってお
父さんのところへ
持ってゆこう。」と、
娘は
思いました。
娘は、
手をさしのべて、
赤い
花を
取ろうとして、
水の
中に
指をいれますと、どこからか
銀光りのする
白い
糸のようなものが、
手くびにからまって、しっかりと
巻きつきました。そして、するすると
娘を
引きずって、だんだん
深みへといれてしまいました。
「あれ!」といって、
娘は、
声をたてる
暇もなく、
姿が
水の
中に
没しますと、そこに、それはそれはりっぱなお
寺が、
水の
中にあらわれて、
池の
底の
方から、
鐘の
音が
響いてきたのであります。
ちょうど、それと
同じ
時刻に、
寺の
鐘つき
堂につるしてある
鐘の
太い
綱が
切れて、
鐘は、
地ひびきをたてて
下に
落ちたのでした。なんでも
古くなると
力が
弱って、
重いものをささえることができないとみえます。
村の
人たちは、みんな
鐘つき
堂に
集まってきました。そして、
鐘を
動かそうとしましたけれど、どうしても
動きませんでした。しかたなく、
幾十
年も、
鐘はそのままになっていました。
そのうちに、この
時分の
年寄りたちは、みんな
死んでしまいました。そして、
若い
人たちの
時代になったとき、
鐘つき
堂を
修繕して、
供養をし、おおぜいの
人々が
鐘を
動かしました。
鐘は、みんなの
力で
動きました。ふたたび、
大きな
鐘はつるされたのであります。
しかし、どういうものか、その
鐘を
鳴らしますと、いかに、いい
天気の
日でも、たちまちのうちに、
池のある
方の、あっちの
山の
頂に
黒雲がわいて
出て
雨になったり、
風が
吹いたりするのであります。それ
以来、この
鐘を
鳴らすものがなくなりました。
いつまた、
頭の
上から、
大きな
鐘が
落ちるかわからないのと、なんとなく、
気味悪いのとで、
村の
子供らもこの
鐘つき
堂へ
遊びにきません。
寺はこうして、
荒れるにまかせていました。
平生は、だれも、このお
寺へはまいりませんが、
夏になって、
旱がつづきますと、
村人が
集まって
相談をするのでした。
「あの
寺の
鐘をつこうじゃないか。」と、こういうのです。
雨ごいの
日は、
村じゅうの
男も、
女も、
仕事を
休んでお
寺へおまいりをして、
盛んな
供養をしました。それから、
男たちが、
鐘つき
堂へ
上がって、
鐘をつくのです。やがて、
陰気な
鐘の
音は、
遠くまで
波を
打ってひびいてゆくのでした。
昔、
娘が
池に
落ちて
死んだ
話の
由来を
村の
人たちは
知っていますから、はばかって、
女の
子供を
鐘つき
堂へはけっして
近寄せないことになっています。
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