眼鏡
小川未明
一
かず子さんが、見せてくれた紅い貝は、なんという美しい色をしていたでしょう。また、紫ばんだ青い貝も、海の色が、そのまま染まったような、めったに見たことのないものでありました。
「ねえやが、お嫁にいくので、お家へ帰ったのよ。そして、私に送ってくれたのよ。図画の先生が、ほしいとおっしゃったから、私いくつもあげたわ。」と、かず子さんが、いいました。正吉は自分もほしいと思ったけれど、おくれと口に出してはいいませんでした。かえって、反対に、
「なあんだい、もっと、もっと、きれいなものをかず子ちゃんは、知っていないだろう?」と、いったのです。かず子さんは、ぼんやりと、正吉の顔をながめて、
「もっときれいなものって、貝? 石? 正ちゃんは、持っているの。」と、ききました。
「持っていないけど、あるよ。」
「ありゃしないわ。」
「あるから。」
「じゃ、見せてよ。」と、かず子さんは、いいました。
正吉は、ただ、なんでも悪口をいってみたかったのです。なぜなら、自分の家にいた女中のしげは、お嫁の話どころでなく、いつも欲深げな父親がたずねてきては、外へ呼び出して、おしげが働いてもらったお金を、みんな取り上げていってしまった末に、無理におしげをよそへやってしまったのでした。それを考えると、だれにもいうことなく、腹が立つのであります。
「悪口をいうから、正ちゃんにはあげないわ。」
「いるもんか、かず子ちゃんは、もっと、もっと、きれいなものがあるのを知らないだろう。」
このとき、正吉は、ほんとうにきれいなものがあるのを思い出したのでした。それで、ほくほくしていると、
「ああわかった、正ちゃん、お花でしょう?」
「花なもんか。」
「正ちゃんの知っているもの?」
「うん、そうだよ。」
「ありゃしないわ。」
かず子ちゃんは、勝ち誇ったように、片足を上げて、トン、トンと跳ねました。
「じゃ、きてごらんよ。」
正吉は先に立って、くさむらの中へ入りました。木にからんだ、からすうりの葉に止まっている、うす赤い蛾を捕らえました。
「ほら、かず子ちゃんの貝より、もっときれいだろう。」
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