二
学校で、
正吉は、とりわけ
青木、
小田とは
仲よしでした。三
人は、
昼の
休み
時間に、
運動場へ
出て、
木かげのところで
話をしていました。
「
僕、このあいだ、
教室へいったら、ねずみの
奴、
机の
上でパンくずを
食べていたのさ。
両手でこんなふうにパンを
持って、それはかわいらしかったよ。すぐ
足音で
逃げてしまったが、
見たら
机の
上に、
糞が二つ
落ちていた。は、は、は。」と、
青木が、いいました。
正吉は、なんだか、そのねずみのようすが
目に
見えるような
気がして、おかしかったので、
「
小さいねずみ?」と、きいてみました。
「ああ、まだ
子供なんだね。
壁の
下に
穴があいているだろう、あすこから、
出たり、
入ったりするのだよ。」
「
早く、
穴をふさいでしまったらおもしろいね。」
「
一人では、できないな。」
三
人は、いずれも
動物が
好きなので、
目を
細くして
笑いました。ことに
近眼の
青木は、
顔を
上げて、
眼鏡を
光らしながら、そのときのおかしさを
思い
出したように、
「いま、いったら、いるかもしれないよ。」といいますと、
「いってみようか。」と、
正吉も、
小田も、たちまち
同意しました。
三
人は、
肩を
組み
合って、
口笛で、
千里の山坂をつかの間に
過ぎゆく旅路のおもしろや
と、うたいながら、はじめはゆるい
歩調で
駆けていましたが、
途中から、
小田が、
独り
大急ぎで、
窓の
下の
方へ
向かって
走り
出しました。なにか
落ちていたのです。
「ああ、すずめの
巣だ!」
こう
叫んで、つぎに
正吉が、
駆け
出しました。このとき、たくさんのすずめが
大騒ぎして
鳴いている
声が
耳に
入りました。
小田が
拾った
巣をのぞくと、一
羽の
子すずめが
入っていました。
高い
屋根の
軒端にかかっているのが
落ちたらしい。
親すずめは、三
人の
立っている
頭の
上を、
心配して
往ったり、きたりしました。
白く
乾いた
土の
上へ
飛ぶ
影が
落ちました。
「かわいそうだけど、あんな
高いところへ、
上がれないね。」
「
僕、
飼ってやろうかな。」と、
小田が、いいました。
「ああ、そのほうがいいよ。」
「
巣もいっしょに、かごの
中へ
入れておくといいね。」
二人は、
小田に、そうすることをすすめました。いつしか、ねずみのことなど
忘れてしまいました。
小田は、
自分の
帽子の
中へすずめの
巣を
入れて、三
人は、
教室へ
入ると、
帰るまで、どうしておくかということを
相談しました。このとき、カチンといって、ドアの
開く
音がしたので、三
人は、
振り
向くと、
監護当番の
赤い
印を
胸につけた、六
年生が
二人こちらを
見守っていました。
「
君たち、お
教室でなにをしているの?」と、
一人が、たずねました。
「なにもしていない。ちょっと
用事があったんだよ。」と、
正吉が
答えました。
「
持っているのは、なに?」
「すずめの
子をつかまえたんだよ。」と、
小田が、いいました。すると、
二人の六
年生は、そばへやってきました。
「
見せて。」といって、
一人は、
帽子の
中からすずめの
巣を
取り
出しました。
子すずめは、ふるえて、
空の
方を
見上げて、チュッ、チュッと
鳴き
声をたてていました。それを
聞いて、
親すずめが
窓のあたりで、また、チュッ、チュッと
鳴いていました。
「かわいそうだから、
早くここへ
入れて。」と、
小田が、
帽子を
差し
出すと、六
年生の
小西は、そのまま、すずめの
巣を、あちらへ
持ってゆこうとしました。
「だめだよ。」と、
小田が、
怒りました。
「すずめなんか、お
教室へ
持ってきては、いけないのだろう。」
二人の六
年生は、いうことをきかずに、すずめを
取りあげて、いこうとしました。
「
失敬じゃないか。」と、
小田が、
真っ
先になって、その
後を
追いました。
「およしよ!」と、
正吉も、
叫びました。
「このすずめ、
僕たちにおくれよ。
先生にあげるのだから、
僕たち、
理科の
時間に、
解剖をしてもらうんだよ。」と、
小西が、
答えました。
正吉は、
解剖ときくと、ぞっとしました。
義雄さんに、
頼まれて、なにも
知らずに、かたつむりを
捕ってやったことが
後悔されるばかりでなく、そのときのことを
思い
出すと、いまでも
腹が
立つので、
「いけないよ、そんなことをしちゃ。」と、
大きな
声で、
叫びました。
「
解剖するなら、
君たち、かってにすずめを
捕ったらいいだろう。」と、
青木もいいました。
すると、
二人は、そのまま
逃げるようすをしましたから、三
人は、やらせまいとして、
廊下で
道をさえぎって、
争い
合いました。
争いの
最中に、
小西のひじが、
青木の
顔に
当たると、
眼鏡が
飛びました。
「おい、
騒いじゃいかん、なんで、
運動場へ
出ないんだね。」
「
君、お
母さんにしかられるようなら、
僕、
弁償するよ。」
こういったとき、ちょうどベルが
鳴ったので、六
年生の
二人は
自分たちの
教室の
方へ、
走っていきました。
分享到: