二
誠一は、
先生が、
大きな
桑の
葉の
上へ、かいこを七
匹ばかり、のせて
渡してくだされたのをありがたくいただきました。さあこれをどうして
持って
帰ったらいいだろう。
紙もなかったので、
葉の
上にのせたまま、それを
手のひらで
支えて、そろそろ
歩いて、
学校の
門から
一人出たのであります。
うすい、
白雲を
破って、
日光はかっと
町の
建物を
照らしていました。
車が
通ります。
自転車が
走っていきます。そのあわただしい
景色に
心を
奪われるでもなく、
誠一は、ゆっくり、ゆっくり、おかいこを
見守りながら、
道を
歩いてきました。
町の
人々は、なんだろうと
思って、
誠一の
手をのぞくものもありました。
「やあい、おかいこをあんなことして
持っていくやあい。」と、
笑っている
子供もありました。いつもなら、十五
分ぐらいで
帰れるのに、三十
分あまりもかかって、やっと
我が
家の
門が
目にはいったのです。
「お
母さんが、いけないといって、しかりはしないかなあ。」と、
誠一は、ちょっと
心配になりました。
「
誠ちゃん、たいそうおそかったですね。」
お
母さんは、そうおっしゃいました。
「
先生から、おかいこをもらってきたのだよ。」
誠一は、
先生からといったら、お
母さんは、
許してくださりはしないかと
思って、
先生という
語に
力を
入れたのです。
「お
母さんは、はだか
虫がきらいなのを
知っているでしょう。なんでそんなものをもらってきたのですか。」と、お
母さんは、おっしゃいました。
「
生糸は、
日本の
大事な
産業だって、それで
先生がみんなに
飼ってごらんとおっしゃったのです。かいこはちっともこわくもなんともないのに、お
母さんがこわがるのは、お
母さんが、よわ
虫だからだろう。」と、
誠一が、いいました。
「ほんとうにそうですね。じゃ、
私の
目につかないところに
置いておくれ。」
誠一は、お
母さんがそういったので、いくらか
安心しましたが、おかいこをどこへ
置いたらいいだろう。
「お
母さんの
目につかないところって、どこかなあ。」
妹といっしょに
勉強するへやに
置くことはできませんでした。
妹がやはりお
母さんと
同じく、
虫がきらいだからです。
「
物置にしようか、あすこは、
暗くて、
風がよく
通らないし。」と、
考えているところへ、
学校で
約束した、
戸田がやってきました。
「
先生からいただいたおかいこをお
見せよ。」
「こんなんだ。」
誠一は、もうしおれかかった
桑の
葉の
上にのっているかいこを
見せました。
「
大きいんだね。もうじき
上がるんじゃない。
僕のは、こんなに
大きくないよ。」
「
先生だから、うまいんだろう。」
「
早く、お
菓子の
空き
箱を
持っておいでよ。」
誠一は、お
菓子の
空き
箱を
出しました。また
近所の
米屋へ
走っていって、わらももらってきました。
戸田は、かいこを
飼う
箱を一つ、まぶしを一つ
造ってくれました。
「ここらに、
桑の
木はないのかい。」
「
君のうちにあるの。」
「
僕のうちのは、
縁日で
買ってきた
苗木だよ。」
「ここらに
桑畑がないんだ。」
「あとで、さがしておいでよ。こう
細かくきざんでやるのだ。」
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