「私が、こちらへ帰ります時分には、王は、南の島へ船を出されて、その島の山谷に咲いているらんの花をとりにまいられました。その美しいことは、いかなる花も比較にならず、また、その香りの高いことは、谷を渡って吹いてくる風に、花の咲いていることが知れるほどです……。また、笛を、吹くと踊りだす、白いへびのすんでいるところや、人間の言葉をまねする鳥の巣のありかなどを、彼らは申しあげたので、王は、それらを猟をされにお出かけになったのであります……。」
「それは、さだめしおもしろいことであろう。しかし、そうしたあそびごとも、南国だからされるのである。こちらのように、半年は冬、半年は夏というような国には、そんな鳥もすんでいなければ、珍しい花も咲いていない。ほんとうに、こういう国土に生まれたものの不しあわせというものだ。」と、北の国の王さまは、いわれたのであります。
家来は、うつむいて、しばらく考えているようすでありました。
「しかし、わが王さま、また、この寒い国には、別な珍しいものがあるでありましょう。一度、この国の宿なしどもを、お招きになり、ごちそうなされたら、また、いかなる珍しい話を、お聞きなさらぬともかぎりますまい。」と、申しあげました。
「それも、おもしろい企てにはちがいないが、この地方の宿なしどもは、そんな珍しい話を持っているようにも思われない……。」と、王さまは、いわれて、すぐに、お呼びなさろうとはなされませんでした。
しだいに寒くなって、いつしか冬とはなりました。空は、くらく、野原には、風が、枯れた枝にさけんでいました。
王さまは、毎日、このさびしい、寒い景色を見て、日を暮らすことに怠屈なされました。雪が降ってきて、あたりは真っ白になり、やがて、その年も暮れて、正月になろうとしたのであります。
「どんなにか、宿なしどもや、乞食らが、この寒さになやんでいることだろう。彼らは、楽しいお正月を迎えることもできない。なかには、災難から、そうおちぶれてしまったものもあろう。事情を聞いたら、いずれも、気の毒なものばかりのように思われる。彼らからいろいろの話を聞くだけでも無益ではないであろうから、正月には、彼らを招いて、ひとつ盛大な宴会を開いて、みようと思う……。」
王さまは、こんなことを頭の中に描かれました。そして、その旨をさっそく、家来たちに申しわたされたのであります。
家来たちは、いずれも、そのお考えなされたことが、たいへんによいことであり、また、おもしろいことだといわぬものはなかったのです。
「いや、北の国には、また、南の国と違った、いろいろの不思議なこと、珍しいことがあるであろう。はやく王さまに、宿なしどもや、乞食の申しあげることを自分らも聞きたいものだ。」と、南の国へ使いにいって帰ってきた、家来などはいったのであります。
しかし、北の方の王さまは、なんとなく、それほどの期待をされていませんでした。いよいよ王さまが宿なしどもや、乞食どもを、お招きなされて、盛大なご宴会を開かれるというふれが、いたるところに、はられましたから、すきな酒も飲めずに、貧乏に苦しんでいる人たちは、しかも、王さまのお召しで、たくさん好きなものをいただけるというのだから、たいへんにありがたいことと思って、その日の至るのを喜んで待っていました。
ここに、だれもゆかないような、さびしい海岸に、波で打ち上げられたものか、こわれた船がある、その中に住んでいる老人がありました。この老人は、いつごろから、そこに住んでいるのか、だれも知ったものがありません。そして、ようすから見て、どうやら、この地方の人ではないようにも思われました。