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うずめられた鏡(1)
日期:2022-09-01 23:23  点击:292


 後のちになってから、烏帽子岳えぼしだけという名ながついたけれど、むかしは、ただ三角形かくがたの山やまとしか、知しられていませんでした。山やまがはじめて、地上ちじょうに生うまれたとき、あたりは、荒涼こうりょうとして、なにも、目めにとまるものがなかったのです。
 そのとき、はるか北きたの方ほうに、紫色むらさきいろの光ひかる海うみが見みえました。
「あれは、なんだろう。」と、山やまは思おもいました。この大自然だいしぜんについて、なにも知しらなかった山やまは、日ひが出でて、やがて日ひの暮くれるまでの間あいだに、いくたびとなく、かわる海うみの色いろを見みて、ふしぎに感かんじたのです。しかし、からだのうごかされぬ山やまは、ただ、いろいろと、自然しぜんを空想くうそうするばかりでした。
「どうすれば、あすこに、いくことができるだろうか。」
 そのとき山やまは、大おおきな風かぜがふいて、自分じぶんをうごかしてくれはせぬかと思おもいました。しかし、かつてそんなような、大おおきな風かぜのふいたことがありません。こうして、ひとりぼっちでいる山やまは、そのころ、海うみだけが、なんだか自分じぶんと運命うんめいを一つにするような気きがして、どうか、おたがいに、知しり合あいに、なりたいとねがいました。
 大空おおぞらをあおげば、星ほしが毎夜まいよのごとく笑わらったり、目めで話はなしをしたりしますけれど、山やまはもっと身近みぢかに、友ともだちを持もちたかったのでした。
 ある日ひ、海うみの色いろが、とりわけ、きれいにさえて見みえたのです。山やまは、なにか海うみが、自分じぶんにあいずをするのだと思おもいました。だから、自分じぶんもわらって答こたえました。そして、その日ひから、二人ふたりはいくらか、知しり合あいになったという感かんじがしました。
 なにごとによらず、こうありたいと、熱心ねっしんに仕事しごとをすれば、いつか、かならず成功せいこうするものです。人間にんげんが遠とおくから、たがいに話はなしができるようになったのも、電気でんきを発明はつめいしたからで、やはり自然しぜんの大おおきな力ちからを、知しったからであります。
 谷たにからわき上あがる雲くもが、自由じゆうにうごけるところから、山やまは雲くもを使つかいにたてることを、考かんがえつきました。そして、あるときは、山やまから海うみへ、また、あるときは、海うみから山やまへと、雲くもは往来おうらいしたのでした。
 海うみの上うえでは、波なみがあって、波なみはなぎさへおしよせて、岩いわにくだけ、しぶきは玉たまのごとくとびちり、遠とおい水平線すいへいせんは、縹渺ひょうびょうとして、けむるようにかすみ、白しろい鳥とりが、砂浜すなはまで群むれをなしてあそんでいるのを、雲くもは山やまへかえると、おもしろく話はなしました。
 また山やまでは、おいしげる木々きぎに、あらしがおそうと、はげしく枝えだと枝えだをもみあい、そして、頂上ちょうじょうから落下らっかする滝たきが、さながら雷かみなりのとどろくように、あたりへこだまするものすごい光景こうけいを、雲くもは海うみへいって聞きかせることもありました。
 こうして、白しろい雲くもは、南方なんぽうの高たかい山やまから、うごきはじめて、北きたの海うみのほうへ流ながれていたのであるが、途中とちゅう、ゆらゆらと平野へいやをいったとき、そこここに、百姓しょうのすむわらぶきやがあったり、畑はたけをたがやす男女だんじょや、馬うまや、牛うしや、犬いぬなどの姿すがたが、ちらちらと見みえました。
 こんもり木立こだちのしげるところに、丹塗にぬりの社やしろがあって、その前まえに、人ひとがひざまずいて、よく祈願きがんをこめていました。ちょうどこのとき、男おとこは、神かみさまにお礼れいをいっているのでした。
「神かみさま、よく私わたしを人間にんげんとして、生うまれさせてくださいました。もし、そうでなかったら、私わたしは毎日まいにち、くるしいめにあって、なぐられたり、追おいまわされたりしなければならなかったでしょう。それをおかげで、牛うしや、馬うまをつかって、楽らくに仕事しごとをして、暮くらすことができます。これというのも、人間にんげんに生うまれさせてくださった神かみさまの、おかげであります。」と、もうしていました。
 この男おとこが去さると、つぎに社やしろの前まえへきてすわったのは、まだ若わかい女おんなでありました。彼女かのじょは、熱心ねっしんに手てをあわせ頭あたまをひくくたれて、ねがっていました。
「いま私わたしは、七人にんの男おとこから、結婚けっこんをもうしこまれていますが、私わたしの心こころの中なかで愛あいする男おとこは、その中なかの一人ひとりです。しかし私わたしは、そのことを正直しょうじきに、うちあけることができません。なぜなら、ほかの六人にんの男おとこたちは、みんな、その男おとこより身分みぶんも高たかく、物持ものもちであり、勢力せいりょくもありますから、それを知しったら、きっと、そねんで、どんなしかえしを、するかもしれません。私わたしはいっそ、二人ふたりで、山やまのあちらへにげていこうと思おもいましたが、くまや、おおかみのいる森もりや、谷たにを奥深おくふかくはいらなければなりませんので、食くい殺ころされることなしに、ぶじいけると思おもいません。神かみさま、どうしたら、私わたしども二人ふたりは、安全あんぜんにゆくすえ長ながく添そいとげられますか、あなたのお力ちからで、おすくいくださいまし。」と、しばらく、頭あたまを地じにすりつけていたのでした。
 やがて、秋あきの取とり入いれがすむと、村むらの祝いわい祭まつりが、社やしろの境内けいだいで、もよおされました。彼女かのじょはこの日ひ、七人にんの男おとこたちから受うけた七面めんの鏡かがみを、ひもでとおして、首くびにかけておどるのでした。神かみのお告つげをまって、どの一人ひとりにか、きめなければなりません。
 くわしいわけを知しった身寄みよりのものたちは、なにか、かわったことが起おこらなければいいがと、しんぱいしました。ちょうど、社やしろの上うえの空そらには、入いり日ひをあびて、雲くもの色いろがまっかに見みえました。


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