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魚と白鳥
日期:2022-09-01 23:23  点击:300

河かわの中なかに、魚うおが、冬ふゆの間あいだじっとしていました。水みずが、冷つめたく、そして、流ながれが急きゅうであったからであります。水みずの底そこは、暗くらく、陰気いんきでありました。
魚うおの子供こどもは、長ながい間あいだ、こうして、じっとしていることに退屈たいくつをしてしまいました。早はやく、水みずの中なかを自由じゆうに泳およぎたいものだと、体からだをもじもじさしていました。
けれど、母親ははおやは、よくいい諭さとしたのであります。
「もうすこし辛棒しんぼうしておいで、じきに春はるになる。そうすれば、水みずの上うえが明あかるくなって、水みずもあたたまりますよ。そうなったら、自由じゆうに泳およぐことを許ゆるしてあげよう。」
子供こどもは、お母かあさんに、こういわれると、おとなしくしていなければなりませんでした。しかし、それは、元気げんきのいい子供こどもには、なかなか退屈たいくつなことでありました。
ある日ひのこと、子供こどもは、急きゅうに、頭あたまの上うえが、赤あかく、ちらちらするのを見みました。子供こどもは、喜よろこんで躍おどりあがりました。
「なんという、赤あかい、明あかるい光ひかりだろう。春はるになったのだ!」と叫さけびました。子供こどもは、すぐにも、その赤あかい光ひかりを慕したっていこうとしました。
すると、母親ははおやは、あわててそれを止とめました。
「おまえ、あれは、月つきの光ひかりでも、太陽たいようの光ひかりでもないのだよ。あれを見みて、いこうものなら、たいへんなことだ。もう、おまえは、二度どと私わたしのところへは帰かえってこられない。あの赤あかいのは、人間にんげんが、火ひをたいているのだよ。そして、私わたしたちをだまして、水みずの上うえへ呼よび寄よせようとしているのです。もし、いってごらん。人間にんげんが、大おおきな網あみで、みんなすくってしまうから……。」と、いいきかせました。
子供こどもは、なんという怖おそろしいことだろうと思おもいました。じっと、水みずの底そこに沈しずんで、暗くらい上うえの方ほうで、一ひとところだけが、赤あかく、電いなずまのように、ちらちらと火花ひばなを散ちらしているのを、怖おそろしげにながめていました。
「お母かあさん、春はるになると、どうなるのですか?」
と、子供こどもは、いいました。
子供こどもは、去年きょねんの春はる、生うまれたので、まだ、今年ことしの春はるにはあわないのであります。すると、母親ははおやはいいました。
「春はるになると、水みずの上うえが、一面めんに明あかるくなるよ。けっして、あのように、一ひとところだけが、赤あかく、明あかるくなるというようなことがありません。」と、よく教おしえました。
子供こどもはそれから、暗くらい水みずの底そこを、お友ともだちと、あまり遠とおくへはいかずに、泳およいでいました。なんといっても、水みずの底そこは暗くらいので、それに、そこばかりにいると飽あきてしまって、早はやく、自由じゆうに、広ひろい世界せかいへ出でてみたかったのです。
「ほんとうに、早はやく、春はるがくるといいな。」
と、子供こどもは、お友ともだちに向むかっていいました。
「春はるになると、水みずの上うえが一面めんに明あかるくなるということだから、よくわかるね。」
と、友ともだちは答こたえました。
「いったい、水みずの上うえから、上うえは、どんなところだろうか? 見みたいものだね。」
「水みずの上うえへ浮うかんで泳およぐと、空そらというものが見みえるそうだ。その空そらに、太陽たいようも輝かがやけば、夜よるになると、月つきも出でるのだということだよ。」と、友ともだちは、だれからか聞きいたことを語かたりました。
ある夜よのこと、水みずの上うえが一面めんに明あかるくなりました。子供こどもは、今度こんどこそ、春はるになったのだと思おもいました。そして、友ともだちといっしょに母ははの許ゆるしも得えずに、勇気ゆうきを出だして、上うえへ、上うえへと浮うかんでみました。
「僕ぼくたちは空そらを見みよう。」
「月つきを見みようね。」
こう彼かれらは、途中とちゅう、希望きぼうに輝かがやく瞳ひとみを上うえに向むけて、語かたり合あいました。
みんなは、とうとう上うえへいって、頭あたまを堅かたいものに打うちつけてしまいました。
「なんだろうね?」
と、一人ひとりが叫さけびました。
「ああ、わかった。空そらに、頭あたまをぶっつけたんだ。」
と、友ともだちの一人ひとりはいいました。
「どこに、月つきがあるのだろう……。」
「きっと、どっかに隠かくれているんだよ。」
みんなは、不思議ふしぎな空そらの光ひかりに、感心かんしんしましたけれど、その光ひかりは、寒さむく、なんとなくすごかったのであります。
みんなは、怖おそろしくなって、また、水みずの底そこに沈しずんでしまいました。
「お母かあさん、もう春はるになったんでしょう。あんなに、水みずの上うえが明あかるいもの、僕ぼく、みんなと上うえへいったら、空そらに、頭あたまを打うちつけてしまった。」と、子供こどもはいいました。
すると、母親ははおやは笑わらいました。
「まだ、春はるにはならないのだよ。そして、頭あたまを打うったのは、空そらではありません。空そらは、それはそれは高たかいところにあって、人間にんげんでも、そこまではいかれないのです。おまえの頭あたまを打うったのは、氷こおりですよ。あまり寒さむいので、水みずの面おもてが氷こおっているのです。」といいました。
子供こどもは、これを聞きくと、がっかりしました。それから、どんなに、春はるのくるのを待まち遠どおしく思おもったことでしょう。
しかし、ついに、春はるがやってきました。
ある夜よ、頭あたまの上うえが、いつになく、明あかるく、青白あおじろく見みられたのでした。
「とうとうおまえの待まった、春はるがきました。今夜こんやは、おまえに、お月つきさまを見みせてあげよう。やっと氷こおりが解とけたのです。」と、母親ははおやはいって、子供こどもをつれて水みずの面おもてに浮うかびました。
なんという、広ひろい、未知みちの世界せかいが、水みずの外そとにあったでしょう? 子供こどもは、高たかい、雲切くもぎれのした空そらを見みました。円まるい、やさしい、月つきの光ひかりを見みました。また、遠とおい、人間にんげんの住すんでいる森もりや、林はやしの影かげなどをながめました。そして、お母かあさんにつれられて、さざなみの立たつ、河かわの水面すいめんを、あちら、こちらと泳およぎまわったのでありました。
「これからは、一日にちましに、水みずの中なかも、暖あたたかに明あかるくなってきます。そして、昼間ひるまは、太陽たいようが、河かわ一面めんに、火ひを点ともしたように、明あかるく照てらすでしょう。そうなると、おまえは、じっとしては、いられなくなりますよ。けれど、この水みずの上うえへ近ちかく出でてごらんなさい。そこにはおまえの大好だいすきな餌えさが、たくさんに水みずの中なかに浮ういています。そして、もし、おまえがそれを食たべようものならたいへんだ。おまえは、針はりに引ひっかかって、人間にんげんのために、水みずの上うえへ釣つり上あげられて、やがて死しんでしまうのです。だから、けっして、お母かあさんといっしょでなければ、水みずの上うえへは遊あそびにこられませんよ。」と、母親ははおやは、いいました。
子供こどもは、なんという窮屈きゅうくつなことだろうと思おもいました。
「お母かあさん、そんなら、私わたしたちは、どんなところで遊あそんだらいいでしょうか。」と、子供こどもは、母親ははおやにたずねました。
母親ははおやは、子供こどもを振ふり向むいて、
「人間にんげんが、岸きしでは、釣つりをしていますから、河かわの真まん中なかで遊あそぶのですよ。そして、なんでも、ほかのものに、捕とらえられそうになったら、できるだけの力ちからを出だして、跳はねるのです。」と、母親ははおやは教おしえました。
一日にちましに、水みずの中なかは暖あたたかになりました。そして、もはや、陰気いんきではなくなり、じっとしてはいられないように、明あかるい、かがやかしい日ひがつづいたのです。
子供こどもは、お母かあさんの許ゆるしなどを受うけるのをもどかしく思おもいました。ある日ひ、子供こどもは、ひとりで、河かわの真まん中なかへ出でて、遊あそんでいました。だんだん、上うえへ、上うえへと、太陽たいようのよく当あたる方ほうへ、慕したって登のぼりました。
なんといううれしい光ひかりでしょう。子供こどもは、跳はねたくなりました。走はしりたくなりました。どこまでもいってしまいたくなりました。
太陽たいようの光ひかりのさすところ、水みずの中なかは、うす青あおく、平和へいわでありました。子供こどもは、うれしさを我慢がまんしていることができなくなったのであります。
二度ど、三度ど、水みずの面おもてへ白しろい腹はらを出だして、跳はね上あがりました。
ちょうど、このとき、どこにいて、狙ねらっていたものか、もう一度ど、子供こどもが跳はね上あがったとき、一羽わの白鳥はくちょうが、巧たくみに子供こどもをくわえてしまいました。
子供こどもは、驚おどろきました。そして、身みをもだえました。しかし、なんのかいもなかったのであります。
「どうか、私わたしを助たすけてください。お母かあさんが、待まっています。」と、子供こどもは、水みずの上うえを、自分じぶんをくわえて飛とんでいく、白鳥はくちょうに向むかって頼たのみました。
白鳥はくちょうは、なんで、子供こどもの訴うったえを聞ききいれましょう。子供こどもをくわえて、ある大おおきな岩いわの上うえへ止とまりました。そして、魚うおの子供こどもを岩いわの上うえにおいて、いいました。
「もう、おまえは帰かえることができない。俺おれは、おまえを捕とらえると、すぐにひとのみにしてしまおうと思おもったが、おまえみたいな、小ちいさなものをのんだからとて、なにも腹はらの足たしになるものでない。それよりも、俺おれの子供こどもに食たべさしてやりたいために、ここまで持もってきたのだ。」と、情なさけなくいいました。
子供こどもは、お母かあさんのいうことをきかなかったことを、はじめて後悔こうかいしました。
白鳥はくちょうは、岩いわの上うえで、自分じぶんの子供こどもを呼よびました。すると、どこからか、小ちいさな白鳥はくちょうが、日ひの光ひかりに、雪ゆきのように、白しろい翼つばさを輝かがやかして、飛とんできました。
「おまえの大好だいすきな魚うおを持もってきてやったよ。」と、白鳥はくちょうの母親ははおやは、子供こどもに向むかっていいました。
小ちいさな白鳥はくちょうは、珍めずらしそうに、かわいい、黒くろい円まるい目めつきで、魚うおをながめていました。
「さあ、よくかんでお食たべ。」と、母親ははおやは、小さな白鳥はくちょうに、注意ちゅういをしていました。
このとき、魚うおの子供こどもは、母親ははおやが、いつでも、危あぶなかったときには、できるだけの力ちからを出だして、跳はねろ! といったことを、思おもい出だしました。彼かれはふいに、命いのちかぎりの力ちからを出だして、跳はね上あがりました。
魚うおの子供こどもは、岩いわを飛とび越こして、水みずの中なかへ落おちました。彼かれはしめたと思おもうと、すぐに、深ふかく、深ふかく、水みずの底そこに沈しずんでしまいました。
白鳥はくちょうは残念ざんねんがりました。そして、子供こどもの白鳥はくちょうに、注意ちゅういが足たりないといって、しかりました。小ちいさな白鳥はくちょうは、ただ驚おどろいて、目めをみはっているばかりでした。
しかし、この経験けいけんによって、魚うおの子供こどもは、りこうになりました。もうけっして、うかつには跳はねられないことを知しりました。また、どういうときに、自分じぶんは跳はねなければならぬかということを学まなびました。
小ちいさな白鳥はくちょうは、はじめて、これによって、敏捷びんしょうな、本性ほんしょうを目めざめさせられたのです。こののち、どんなときに、油断ゆだんをしてはならないかということを知しりました。
春はるもすぎて、夏なつのころには、魚うおの子供こどもは、もう、大おおきくなりました。やがて、お母かあさんになりました。小ちいさな白鳥はくちょうも、大おおきくなりました。そして、魚うおは、水みずの中なかを気きままに、泳およぎまわり、白鳥はくちょうは、空そらを、自由じゆうに翔かけていたのであります。

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