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青い玉と銀色のふえ
日期:2022-09-06 23:59  点击:287
青い玉と銀色のふえ

小川未明

 


 (きた)のさびしい(うみ)のほとりに、なみ()(いえ)はありました。ある(とし)、まずしい漁師(りょうし)であったおとうさんがふとした病気(びょうき)()ぬと、つづいておかあさんも、そのあとを()うようにして、なくなってしまいました。かねて、びんぼうな()らしでしたから、むすめのなみ()にのこされたものは、ただ(あお)(たま)と、銀色(ぎんいろ)のふえだけでありました。
 (あお)(たま)は、ずうっと(むかし)先祖(せんぞ)のだれかが、この(うみ)べのすなの(なか)からほり()して、それが代々(だいだい)(いえ)につたわったのだということでありました。
 なにかねがい(ごと)があるとき、この(あお)(たま)にむかって、真心(まごころ)をこめておねがいすると、その(こころ)(かみ)さまに(つう)じてかなえられるというので、おかあさんはこの(あお)(たま)を、とてもだいじにしていました。
 (たま)はつやつやしていて、(ふか)(うみ)(いろ)のように青黒(あおぐろ)く、どこまで(ふか)いのか、(そこ)()れぬように、じっと()つめていると、()()れられるような()がしました。
 そして、真心(まごころ)をこめておいのりをすると、(あお)(たま)(おもて)に、(うみ)(うえ)をとびさる(くも)のように、いろいろなことが()になってうかんできて、ゆくすえのことをおしえてくれるのでした。
 また、あるときは、(あお)(たま)がまっかにほのおのようになって()えたり、(たま)にひびがはいったりして、不安(ふあん)気持(きも)ちをいだかせることもありました。
「これには、ご先祖(せんぞ)のたましいがはいっているんです。」といっておかあさんがこの(あお)(たま)をだいじにしたのも、ふしぎではありません。
 おとうさんの()っていた銀色(ぎんいろ)のふえは、その音色(ねいろ)()くと、さびしいあら(うみ)にすさぶあらしのように、なんとなくひとりぼっちの(かん)じを()こさせたり、またあるときは、反対(はんたい)(こころ)()きたてて、のぞみとよろこびをもたせることもありました。
 そして、このふえの()がとどくところ、(さかな)たちがその()をしたってよってくるので、(おも)わぬ大漁(たいりょう)がありました。
「まったくふしぎなふえじゃないか。」
「なんにしてもありがたいことだ。」
 (りょう)()人々(ひとびと)は、なみ()のおとうさんの銀色(ぎんいろ)のふえを()にとって、ふしぎそうにながめるのでした。
 このふえもやはり、おじいさんのころからつたわっていましたので、これにも先祖(せんぞ)のたましいがこもっていると、おとうさんは(しん)じていました。
 なみ()は、おとうさんが(こころ)をこめて、このふえをふいた()のことをおぼえています。
 その()(うみ)(うえ)には、(くろ)(くも)がはびこり、いかにも(きた)(くに)らしいものすごいけしきでした。
 (くも)(あいだ)からいな(びかり)がもれ、かみなりが()っていました。
「こんな()には、はたはたがとれそうだ。」と、おとうさんはいいました。
 そして、ひさしぶりに大漁(たいりょう)にしてみんなをよろこばせたいと、銀色(ぎんいろ)のふえを()っていきました。
 おとうさんが(ふね)(うえ)でふえをふくと、たくさんの(さかな)が、(なみ)(うえ)でおどりました。いかやさばも、むれをつくってよってきて、(おも)わぬ大漁(たいりょう)になりました。
季節(きせつ)はずれに、こんなにいろいろな(さかな)がとれたのも、みんなふえのおかげだ。」といって、人々(ひとびと)は、(はま)(かえ)ってから(さか)もりを(はじ)めました。
 そして、人々(ひとびと)は、お(さけ)によいながら、おとうさんにそのふえをふいてもらって、その音色(ねいろ)(みみ)をかたむけていると、またあすのはたらきに(あたら)しいのぞみがわき、たとえ、(うみ)があれていても、(いのち)をかけてはたらき、おたがいになかよくたすけあっていきたいという気持(きも)ちになるのでした。
 いさましく人々(ひとびと)(こころ)をうきたてたあのときのふえの音色(ねいろ)を、なみ()は、いまでもおぼえていました。
「もう一()(たの)しかったあの時分(じぶん)になってみたい。」と、なみ()(おも)いました。
 ある()(あお)(たま)銀色(ぎんいろ)のふえを()()すと、すなはまの(うえ)で、おとうさんやおかあさんのことをしのびながら、じいっとながめていました。
「この(あお)(たま)は、おかあさんがだいじにしていらしたんだわ。ああ、この銀色(ぎんいろ)のふえは、おとうさんが、みんなとお(さかな)をとるときにふいたんだわ。」
 なみ()が、(うみ)(ほう)()ながらつぶやいていると、
「やあ、なみちゃんか。そんなところでなにをしているな。」と、そこを(とお)りかかったおじいさんの漁師(りょうし)(こえ)をかけました。
(うみ)夕日(ゆうひ)が、こんなに(あか)くうつるのは、おじいさん、おかあさんが、(そら)からあたしを()ていらっしゃるのかしら。」
 なみ()は、(あお)(たま)にうつる(うつく)しい夕日(ゆうひ)をながめていいました。
「おっかさんも、おとっつぁんも、そりゃあ、おまえさんをじいっと()まもっていてくださるな。(はや)(おお)きく、りっぱなおとなになるのを()っていられるぞ。」と、おじいさんは(こた)えました。
「おじいさん、いまでもこのふえをふけば、お(さかな)がよってくるかしら。」
 なみ()は、こんどは銀色(ぎんいろ)のふえをとり()して()きました。
 おじいさんは、なつかしそうに、にぶく(ひか)るふえをながめていいました。
「そういえば、このごろしけで、(さかな)がすくないんだな。(さかな)がすくないと、ついつまらんことでなかまわれがしたり、けんかが()こったりする。おまえのおとっつぁんはりっぱな漁師(りょうし)だったから、どんなときでもけんかなどしなかったがな。」
 おじいさんは、なみ()のおとうさんを(おも)()してほめました。
「おじいさん、このふえをかしてあげましょう。よくふいて、たくさん、お(さかな)をとってください。」
 なみ()は、だいじなふえをさしだしました。
「ありがとう。おとうさんのかたみのふえをかりていいのかい。」
(さかな)がたくさんとれて、このはまの(ひと)たちがなかよくなれたら、おとうさんもきっとよろこんでくださるわ。」と、なみ()(こころ)から(こた)えたのでした。

 


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