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青い時計台
日期:2022-09-06 23:59  点击:282
青い時計台

小川未明

 


 さよ()毎日(まいにち)晩方(ばんがた)になりますと、二(かい)欄干(らんかん)によりかかって、(そと)景色(けしき)をながめることが()きでありました。()のさめるような青葉(あおば)に、(かぜ)()たって、海色(うみいろ)をした(そら)(ほし)(ひかり)()えてくると、(とお)(まち)燈火(ともしび)が、乳色(ちちいろ)のもやのうちから、ちらちらとひらめいてきました。
 すると毎日(まいにち)、その時分(じぶん)になると、(とお)(まち)(ほう)にあたって、なんともいえないよい音色(ねいろ)()こえてきました。さよ()は、その音色(ねいろ)(みみ)()ましました。
「なんの音色(ねいろ)だろう。どこから()こえてくるのだろう。」
と、(ひと)(ごと)をして、いつまでも()いていますと、そのうちに()がまったく()れてしまって、(ひろ)地上(ちじょう)(よる)(いろ)(つつ)まれて、だんだん(ほし)(ひかり)がさえてくる時分(じぶん)になると、いつともなしに、その音色(ねいろ)はかすかになって、()えてしまうのでありました。
 また()くる()晩方(ばんがた)になりますと、その(おと)()こえてきました。その(おと)は、にぎやかな(かん)じのするうちに、(かな)しいところがありました。そして、そのほかのいろいろの音色(ねいろ)から、(ひと)(はな)れていて、(うた)をうたっているように(おも)われました。で、ここまで()こえてくるには、いろいろのところを(ある)き、また()けたりしてきたのであります。(まち)(ほう)には電車(でんしゃ)(おと)がしたり、また汽車(きしゃ)(ふえ)(おと)などもしているのでありました。
 さよ()は、よい音色(ねいろ)()こるところへ、いってみたいと(おも)いました。けれども、まだ(とし)もゆかないのに、そんな(とお)いところまで、しかも晩方(ばんがた)から()かけていくのが(おそ)ろしくて、ついにゆく()になれなかったのでありますが、ある()のこと、あまり(おそ)くならないうちに、(いそ)いでいってみてこようと、ついに()かけたのでありました。


 さよ()は、草原(くさはら)(なか)につづいている小径(こみち)(うえ)にたたずんでは、(いく)たびとなく(みみ)(かたむ)けました。西(にし)(ほう)(そら)には、()(しず)んだ(あと)(くも)がほんのりとうす(あか)かった。さよ()は、電車(でんしゃ)往来(おうらい)しているにぎやかな(まち)にきましたときに、そのあたりの(さわ)がしさのために、よい音色(ねいろ)()きもらしてしまいました。これではいけないと(おも)って、ふたたび(しず)かなところに()(みみ)()ましますと、またはっきりと、よい(おと)()こえてきましたから、今度(こんど)は、その(おと)のする(ほう)へずんずん(ある)いていきました。いつしか()はまったく()れてしまって、(そら)には(つき)()ました。
 さよ()は、かつて、きたことのないような(まち)()ました。西洋(せいよう)ふうの建物(たてもの)がならんでいて、(とお)りには、(やなぎ)()などが()わっていました。けれども、なんとなく(しず)かな(まち)でありました。
 さよ()はその(まち)(なか)(ある)いてきますと、()(まえ)(たか)建物(たてもの)がありました。それは時計台(とけいだい)で、(とう)(うえ)(おお)きな時計(とけい)があって、その時計(とけい)のガラスに(つき)(ひかり)がさして、その時計(とけい)()(さお)()えていました。(した)には(まど)があって、一つのガラス(まど)(なか)には、それは(うつく)しいものばかりがならべてありました。金銀(きんぎん)時計(とけい)や、指輪(ゆびわ)や、(あか)(あお)(むらさき)、いろいろの(いろ)宝石(ほうせき)(ほし)のように(かがや)いていました。また一つの(まど)からは、うすい桃色(ももいろ)光線(こうせん)がもれて、(みち)()ちて敷石(しきいし)(うえ)(いろど)っていました。よい音色(ねいろ)は、この(いえ)(なか)から()こえてきたのであります。
 さよ()は、(いえ)(なか)がにぎやかで、(はる)のような気持(きも)ちがしましたから、どんなようすであろうと(おも)って、その(まど)(きわ)()()って、そこにあった(いし)()(だい)にして、その(うえ)(ちい)さな(からだ)(ささ)えて(なか)をのぞいてみました。
 へやの(なか)はきれいに(かざ)ってあります。(おお)きなランプがともって、うす(あか)いガラスの(はな)がさが()かっています。
 そこに(おお)きなテーブルが()いてあって、水晶(すいしょう)(つく)ったかと(おも)われるようなびんには、()えるような()()なチューリップの(はな)や、(かお)りの(たか)い、(しろ)いばらの(はな)などがいけてありました。テーブルに()かって、ひげの(しろ)いじいさんが安楽(あんらく)いすに(こし)けています。かたわらには三(にん)(うつく)しい姉妹(きょうだい)(むすめ)らがいて、一人(ひとり)(おお)きなピアノを()き、一人(ひとり)はマンドリンを()らし、一人(ひとり)はなにか(たか)(こえ)(うた)っていました。それが(うた)()わると、にぎやかな(わら)(ごえ)()こって(たの)しそうにみんなが(はなし)をしています。じいさんは(よろこ)んで、(わら)(がお)をして()(ほそ)くして、三(にん)(むすめ)らの(かお)見比(みくら)べているようでありました。


 さよ()は、この世間(せけん)にも、(たの)しい(うつく)しい家庭(かてい)があるものだと(おも)いました。あまり(おそ)くならないうちに(かえ)らなければならぬと(おも)って、(まど)ぎわを(はな)れてから()()くと、(たか)い、(あお)時計台(とけいだい)には(なが)るるような月光(げっこう)がさしています。そして(まち)(はな)れて、野原(のはら)細道(ほそみち)をたどる時分(じぶん)にはまた、()のよい音色(ねいろ)が、いろいろの物音(ものおと)(あいだ)をくぐり()けてくるように、(とお)(まち)(ほう)から()こえてきました。
 その翌日(あくるひ)から、さよ()は二(かい)欄干(らんかん)()て、このよい音色(ねいろ)(みみ)(かたむ)けたときには、ああやはりいまごろは、あの(あお)時計台(とけいだい)(した)で、あの親孝行(おやこうこう)(むすめ)らが、ああして、ピアノを()らしたり、(うた)をうたったり、マンドリンを()いたりして、年老(としと)った父親(ちちおや)(なぐさ)めているのだろうと(おも)いました。そして、(うつく)しく(かざ)りたてたへやのようすなどを()(えが)きました。
 ある()のことでありました。毎日(まいにち)のように(まち)(ほう)から()こえてくるよい音色(ねいろ)が、ひじょうに(かな)しみを()びて()こえてきましたので、さよ()はどうしたことかと(おも)って、ついまたそこまでいってみる()になりました
 さよ()は、今度(こんど)(みち)(まよ)わずに、その(まち)にくることができました。(つき)はすこし()けていましたけれども、やはり(なが)るるような(あお)(あお)(ひかり)は、時計台(とけいだい)()らして、(たか)(とう)(よる)(そら)にそびえているのを()ました。さよ()(れい)(まど)のところにきて、(いし)(うえ)()ってのぞきますと、へやのようすにすこしも()わりがなかったけれど、(おお)きなテーブルのそばのベッドの(うえ)には、年老(としと)った(むすめ)らの父親(ちちおや)(よこ)たわっていました。三(にん)(むすめ)らは、当時(とうじ)のように(わら)いもせずに、いずれも心配(しんぱい)そうな(かお)つきをしていました。やがて父親(ちちおや)は、なにかいって金庫(きんこ)(ほう)(ゆび)さしました。するといちばん年上(としうえ)(むすめ)が、その金庫(きんこ)(ほう)(ある)いていって、そのとびらを()けました。そして(なか)から、たくさんの金貨(きんか)()った(はこ)を、父親(ちちおや)のねているまくらもとに()ってきました。父親(ちちおや)はなにかいっていましたが、やがて半分(はんぶん)ばかり(とこ)(なか)から(からだ)()こして、やせた()でその金貨(きんか)を三(にん)(むすめ)らに()けてやりました。
 この光景(こうけい)()たさよ()は、なんとなく(かな)しくなりました。そして(いえ)(かえ)(みち)すがら、自分(じぶん)もいつかお(とう)さんや、お(かあ)さんに(わか)れなければならぬ()があるのであろうと(おも)いました。


 あいかわらず、その()も、(まち)(ほう)からは()()れたよい音色(ねいろ)()こえてきました。乳色(ちちいろ)(あま)(がわ)が、ほのぼのと(ゆめ)のように(そら)(なが)れています。(ほし)真珠(しんじゅ)のように(かがや)いています。その()(まち)(ほう)からは、これまでにないよい音色(ねいろ)()こえてきました。その(おと)はいつもよりにぎやかそうで、また複雑(ふくざつ)した音色(ねいろ)のように(おも)われました。さよ()はまたそこまでいってみたくなりました。
 彼女(かのじょ)はまた、その(いえ)(まど)(した)にきて、(いし)(うえ)()って(なか)をのぞいてみました。すると、へやの(なか)のようすは、これまでとはすっかり()わっていました。もっと(うつく)しく、もっときれいに、もっと(めずら)しいものばかりで(かざ)られているばかりでなく、三(にん)(むすめ)らのほかに、見慣(みな)れない年若(としわか)紳士(しんし)が四、五(にん)もいました。それらの(おとこ)は、楽器(がっき)()らしたり、(うた)をうたったりしました。(むすめ)らは、いずれも(うつく)しく着飾(きかざ)って、これまでになくきれいに()えました。そしてテーブルの(うえ)には、いろいろの(はな)()(みだ)れているばかりでなく、桃色(ももいろ)のランプの(ほか)緑色(みどりいろ)のランプがともって、楽園(らくえん)にきたような(かん)じがしたのであります。けれど、ただ一人(ひとり)父親(ちちおや)姿(すがた)()えませんでした。これらの(わか)(おとこ)や、(おんな)は、たがいによい(こえ)(うた)い、また(はな)し、また()()()って舞踏(ぶとう)をやっていました。
 その()さよ()は、(いえ)(かえ)るときに(かんが)えました。どうしてあの人々(ひとびと)は、ああして(たの)しく(あそ)んでばかりいられるのだろう……と、(おも)うと、なんとなく、不思議(ふしぎ)でならなかったのであります。
 その(のち)というものは、毎夜(まいよ)、さよ()(まち)(ほう)から()こえてくるよい音色(ねいろ)()くたびに、不思議(ふしぎ)(おも)いをせずにはいられなくなりました。
 やがて、(あか)()えていたような(なつ)()きかけました。つばめは(うみ)(わた)って、(とお)(みなみ)永久夏(とこなつ)(くに)(かえ)時分(じぶん)となりました。ある()、さよ()は二(かい)欄干(らんかん)()て、(すず)しくさえた(ほし)(ひかり)()ながら、(まち)(ほう)から()こえてくる、よい音色(ねいろ)(みみ)()まそうとしたけれど、どうしたことか、()()れたその音色(ねいろ)()こえてこなかった。()くる()もやはり()こえてこなかった。
 さよ()は、いぶかしく(おも)って、その(まち)にやってきました。すると、その(いえ)(かた)()まって、店頭(てんとう)()()(ふだ)がはってありました。(ひと)り、(たか)時計台(とけいだい)(あお)(そら)()()って、初秋(はつあき)(ほし)(ひかり)(つめ)たくガラスにさえかえっていました。

 


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