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青いランプ
日期:2022-09-06 23:59  点击:283
青いランプ

小川未明

 


 不思議(ふしぎ)なランプがありました。(あお)いかさがかかっていました。()をつけると、(あお)(ひかり)があたりに(なが)れたのです。
「このランプをつけると、きっと、()わったことがあるよ。」といって、その(うち)は、これをつけることを(おそ)ろしがっていました。しかし、(まえ)から大事(だいじ)にしているランプなので、どこへもほかへやることをせずに、しまっておきました。
 石油(せきゆ)()()ける時代(じだい)はすぎて、いまでは、どんな田舎(いなか)へいっても、電燈(でんとう)をつけるようになりましたが、まれに、不便(ふべん)なところでは、まだランプをともしているところもあります。
 この(むら)でも、しばらく(まえ)から、電燈(でんとう)をつけるようになりました。そして、ランプのことなどは、(わす)れていましたので、不思議(ふしぎ)なランプの(はなし)()ると、みんなは(わら)()しました。
「そんなばかな(はなし)があるものか。この文明(ぶんめい)()(なか)に、()(もの)や、悪魔(あくま)などのいようはずがない。(むかし)(ひと)は、いろんなことをいって、ひまをつぶしたものだ。それがうそなら、(あお)いランプを()して、つけてみればいい。」と、たまたま(あつ)まった(ひと)たちはいいました。
 すると、(うち)(ひと)は、
()わったことがあっても、なくても、そういういい(つた)えだから、めったなことはするものでない。」と、(くち)をいれたのです。
「いいえ、それは迷信(めいしん)というものだ。今夜(こんや)(あお)いランプをつけてみようじゃないか?」と、(うち)(ひと)のうちでも、きあわせた(ひと)たちと、(くち)をそろえていったものもありましたので、つい、しかたなく、反対(はんたい)したものも同意(どうい)することにしました。
 みんなは、()()れるのを()っていました。そして、しまってあった、(むかし)のランプを()してきました。
 (いく)(ねん)(まえ)からかしれない、石油(せきゆ)のしみや、ほこりが、ランプのガラスについていました。
石油(せきゆ)が、(ひと)たれもはいっていない。」
 一人(ひとり)は、のぞいてみながら、
「いつ、つけたかわからないのだから、かわいてしまったのだ。」といいました。
 石油(せきゆ)()ってきて、ランプに()ぎました。そのうちに、()は、()れてしまいました。(まど)からは、(きた)(あら)(うみ)()えます。(あき)から(ふゆ)にかけて、(くも)のかからない()(すく)なかったのであります。(つめ)たそうな(くも)が、(おき)にただよって、わずかに、うす()かりが(のこ)っていました。
「さあ、ランプをつけるから、電燈(でんとう)()すのだよ。」と、一人(ひとり)がいいますと、(きゅう)にみんなは、ぞっとして、だまってしまいました。へやの(なか)は、まっ(くら)になりました。あたりが(しず)まると、(なみ)(おと)が、ド、ド、ドンと()こえてきました。マッチをする(おと)がして、ランプに()がつくと、へやの(なか)はちょうど(はる)(ばん)のように、ほんのりと(あお)くいろどられて、その(ひかり)は、(まど)から、(とお)(うみ)(ほう)(なが)れてゆきました。
 みんなは、しばらくだまっていましたが、
「どうして、このランプを不思議(ふしぎ)なランプというのですか?」と、だれかがたずねました。
 おそらく、そのわけを()っているものは、この(うち)(とし)とったおばあさんだけでありましょう。が、いままで、おばあさんは、このことをくわしくだれにも(はな)しませんでした。
「このランプは、大事(だいじ)な、不思議(ふしぎ)なランプだから、しまっておくのだ。」と、ただ(まご)たちにいっていたばかりです。
「おばあさん、どうかそのお(はなし)()かしてください。」と、近所(きんじょ)子供(こども)たちも、大人(おとな)たちも、そこにすわっておられたおばあさんにたのみました。
「じゃ、その(はなし)をきかしてあげよう。」と、おばあさんは、(あお)(ひかり)にいろどられたへやの(なか)で、みんなに()かって、つぎのような物語(ものがたり)をされたのであります。
       *   *   *   *   *
 おばあさんのお(とう)さんという(ひと)は、こんなさびしい片田舎(かたいなか)()まれた(ひと)()ず、研究心(けんきゅうしん)(ふか)(ひと)でありました。
 いつも、(くら)い、ものすごい(うみ)(ほう)()(かんが)()んでいました。「どこか、あちらにみんなの()らない(くに)があるにちがいない。また、発見(はっけん)されないような(しま)があるにちがいない。それには、もっといい(ふね)(つく)って、探検(たんけん)()かけることだ。」などと(かんが)えていました。
 ある()(うみ)(うえ)が、たいへんに()れました。
「こんな()に、(おき)()ているような(ふね)はないだろうな。()ていたら、(たす)かるまい。」と、お(とう)さんは、まゆをひそめてながめていました。
 いつしか、あらしのうちに()()れてしまいました。(よる)になってから、ますます(おき)()(くる)って()えました。このとき、一つ()(くら)(うみ)(うえ)に、(あか)()()えたのであります。その()(おお)きな(なみ)にもまれて、おどっていました。
()が、()が、この(おお)あらしに、(ふね)がなやんでいる。どこの(ふね)だろう……。」と、(とう)さんは、(まど)()って()ながら()()でありませんでした。しかし、この海岸(かいがん)で、(ふね)()そうというような(ひと)を、さがしてもどこにありましょう?
「あれ、あれ。」といううちに、その(あか)()()えなくなってしまいました。まったく(おお)きな(なみ)()()まれてしまったものと(おも)われます。そして、あとは、ただ(なみ)(おと)(かぜ)のさけびと(あめ)()きつける(こえ)がきこえるだけでありました。
 あくる()海岸(かいがん)では、大騒(おおさわ)ぎでした。一人(ひとり)勇敢(ゆうかん)外国人(がいこくじん)難破船(なんぱせん)から、こちらの燈火(とうか)()あてに、(およ)いできて、とうとうたどりつくと(ちから)がつきて、そこに(たお)れてしまったのです。これを()った(むら)人々(ひとびと)は、その外国人(がいこくじん)をいたわってやりました。
 おばあさんのお(とう)さんも、しんせつに介抱(かいほう)してやった一人(ひとり)であります。外国人(がいこくじん)は、やっと元気(げんき)回復(かいふく)しました。そして、()まねで、昨夜(ゆうべ)(ふね)難破(なんぱ)して、()っていたものは、みんな()に、貨物(かもつ)はすっかり(うみ)(そこ)にうずもれてしまったことを()げました。
「それでも、あなたは勇敢(ゆうかん)(ひと)だ、よくここまで(およ)いでこられたものだ。」と、お(とう)さんはその外国人(がいこくじん)尊敬(そんけい)しました。外国人(がいこくじん)も、またお(とう)さんに(した)しみました。おばあさんのお(とう)さんは、外国人(がいこくじん)について、外国(がいこく)言葉(ことば)をならいました。それから、いろいろあちらの文明(ぶんめい)(はなし)や、まだ(ひと)のたくさんゆかないような土地(とち)で、(たから)や、(めずら)しいものが無尽蔵(むじんぞう)にある(はなし)などを()きました。
「ああ、(わたし)(おも)ったことは、空想(くうそう)ではなかった。ぜひ、いって(おお)きな仕事(しごと)をしよう。」と、お(とう)さんは(おも)いました。
 外国人(がいこくじん)もだんだんこちらの言葉(ことば)がわかり、そして、お(とう)さんと(はなし)がいくらかできるようになりました。
「もし、(ひと)()らない(しま)発見(はっけん)したいというようなお(かんが)えをもたれたら、一()外国(がいこく)(わた)って、学問(がくもん)をして、それから、(とお)い、(とお)い、船出(ふなで)をしなければなりません……。」と、外国人(がいこくじん)は、さとしました。
 お(とう)さんは、なるほどとうなずきました。外国人(がいこくじん)近所(きんじょ)に、(ちい)さな(うち)()て、そこに()みました。(うち)のまわりにはいろいろの草花(くさばな)種子(たね)をまきました。(なつ)になるとそれらが、(あか)()(みどり)、さまざまの(はな)()いて(うつく)しかったのです。ちょうや、はちは、終日(しゅうじつ)(はな)(うえ)()びまわっていました。外国人(がいこくじん)はそれを()て、自分(じぶん)のふるさとのことなどを(おも)()していました。
 どうかして、(くに)(かえ)りたいと(おも)いましたけれど、どうすることもできなかったので、自分(じぶん)は、一(しょう)をこの(むら)(おく)るのでないかと(かんが)えたこともあります。お(とう)さんは、よくこの(ひと)をたずねてゆきました。そして、あちらの(はなし)()いたり、言葉(ことば)などをならったりして、(うち)(かえ)ると、(まど)のところで、(あお)いランプをともして、(よる)おそくまで勉強(べんきょう)をしました。ランプの(あお)(ひかり)は、(うみ)(ほう)からも()えたのであります。
 ある(なつ)午後(ごご)外国人(がいこくじん)は、遠眼鏡(とおめがね)(おき)(ほう)()ていました。すると、あちらの水平線(すいへいせん)(おお)きな(くろ)(ふね)(とお)るのでした。それは、一目(ひとめ)で、この(くに)(ふね)でないことがわかりました。だんだんはっきりと()えると、マストの(うえ)に、自分(じぶん)(くに)(はた)がひらひらとひるがえっていました。
「あ、なつかしい、自分(じぶん)(くに)(ふね)だ!」と(さけ)ぶと、お(とう)さんのところへ()けてきました。
「いま、あっちを、(わたし)(くに)(ふね)(とお)ります。これは、(かみ)さまのお(たす)けです。どうかして、あの(ふね)合図(あいず)をして、()()むことはできないものでしょうか。」と(うった)えました。
 しんせつな、正直(しょうじき)なお(とう)さんは、これを他人(たにん)のこととは(おも)いませんでした。
「どれ、(わたし)に、その眼鏡(めがね)をおかしください。」といって、自分(じぶん)()にあてて(おき)()ながら、
「なるほど、りっぱな(おお)きな(ふね)だ。この(ふね)()がしたら、いつまた()れるというあてはありますまい。すぐに、合図(あいず)をしましょう。」といって、近所(きんじょ)人々(ひとびと)()(あつ)めて、海岸(かいがん)小高(こだか)いところで、()をどんどんたきました。
 人々(ひとびと)が、外国人(がいこくじん)(たす)けたいというまごころが、あちらの(ふね)(つう)じたとみえて、(ふね)から、汽笛(きてき)()が、()たびきこえました。
「あれは、わかったというしらせにちがいない。」
 みんなは(くび)をのばして、(おき)(ほう)()つめていますと、だんだん、(くろ)(ふね)姿(すがた)が、(おお)きくはっきりとしてきました。
 これを()外国人(がいこくじん)は、(こえ)をかぎりに(さけ)んで、(くる)わんばかりに(よろこ)びました。
「さあ、あなたも(わたし)といっしょにいらっしゃい。」といって、かたわら()っているお(とう)さんの(くび)()きつきました。
 お(とう)さんは、()ごろから、外国(がいこく)へいってみたいと(おも)っていました。しかし、そのころ、そんなことがどうして容易(ようい)にできましょう。まことに、これこそいい都合(つごう)でありました。
「どうか、それなら、(わたし)をつれていってください。」と、お(とう)さんも、熱心(ねっしん)(たの)みました。
 おばあさんは、まだ(ちい)さな(むすめ)でありました。お(とう)さんが、荒海(あらうみ)()えて、あちらの外国(がいこく)へゆかれると()いたので、どんなに、それを(かな)しみましたでしょう。もう、ゆけば、二()(かえ)ってこられないもののように(おも)われたからです。そして、おばあさんのお(かあ)さんといっしょに、「お(とう)さん、外国(がいこく)へなど、ゆかないでください。」と(ねが)いました。
「なに、心配(しんぱい)することはない。きっと、無事(ぶじ)(かえ)ってくるから。」と、お(とう)さんは(こた)えて、いくらやめさせようとしてもだめでした。
 (はは)(むすめ)は、お(とう)さんの決心(けっしん)(かた)いのを()ると、せめて、そのお(かえ)りを()つよりしかたのないのを(さと)りました。
「そんなら、いつお(かえ)りなさいますか、(おし)えてください。」と、二人(ふたり)はいいました。
「じゃ、約束(やくそく)をしよう。いまから五(ねん)めにきっと(かえ)ってくるから。」と、お(とう)さんは(こた)えました。
 汽船(きせん)からは()()ろされた小舟(こぶね)が、(りく)()してきました。それから、しばらくして、外国人(がいこくじん)とお(とう)さんはその小舟(こぶね)()りました。小舟(こぶね)晩方(ばんがた)金色(こんじき)(かがや)(なみ)()って、ふたたび(りく)をはなれてあちらに()まっている汽船(きせん)をさしてこぎました。海鳥(かいちょう)は、(うつく)しい夕空(ゆうぞら)におもしろそうに()んでいました。
 (はは)(むすめ)近所(きんじょ)(ひと)たちは、名残惜(なごりお)しそうに、()(なみだ)()かべて、(おき)(ほう)をながめていました。小舟(こぶね)(ちい)さく、(ちい)さくなって、いつしか(ふね)にこぎつくと、(ひと)(ふね)も、同時(どうじ)に、()きあげられて、(ふね)は、()れてゆく(そら)汽笛(きてき)()らして、いずこへともなく()ってしまいました。
 ()()ると、お(とう)さんのゆかれた外国(がいこく)には、りっぱな(まち)があって、馬車(ばしゃ)(とお)っています。また、(おとこ)も、(おんな)も、(おも)(おも)いに、きれいなふうをして(ある)いています。お(とう)さんからは、いったきり、たよりがありませんでした。留守(るす)をしている、(うち)人々(ひとびと)は、ただ五(ねん)のあいだの(はや)くたつのを()っていました。
 外国人(がいこくじん)()んでいた(うち)は、()()になって、だれも()んでいませんでした。ただ、(なつ)がくると、(うち)のまわりには、いろいろの(くさ)がしぜんに()()して、(あか)(しろ)(むらさき)()(はな)(うつく)しく()かせました。そして、(おき)から()いてくる(かぜ)は、それらの(はな)(うご)かしました。ちょうや、はちは、(あさ)から、(あつ)まってきて、()()れるころまで、(たの)しく(あそ)んでいました。
「お(とう)さんは、無事(ぶじ)にお(かえ)りなさるだろうか?」
「あの外国人(がいこくじん)でさえ、ああして、(かえ)っていったのだもの、(ひと)(おも)いの(とお)らないことはない。きっと五(ねん)たったら、お(とう)さんは、(かえ)っておいでなさる……。」
 一(ねん)は、また一(ねん)とたってゆきました。年々(ねんねん)種子(たね)(のこ)って()いた草花(くさばな)も、その()、だれも()をいれるものがなかったので、外国人(がいこくじん)()んでいた(いえ)()れるとともに、(はな)(かず)(すく)なくなってしまいました。こうして、ついにお(とう)さんの(かえ)るといわれた五(ねん)めとなったのであります。
 お(かあ)さんは、お(とう)さんの留守(るす)()に、ランプの(した)で、さびしく仕事(しごと)をしていました。このあたりの(うみ)は、十(がつ)(すえ)になれば、(なみ)(たか)くて、どんな(ふね)も、あまり(とお)ることはなかったのでした。
「もう、お(とう)さんは、お(かえ)りなされそうなものだ。」
 こういって、(むすめ)(はは)は、毎日(まいにち)のように、海岸(かいがん)()っては、(ふね)のはいってくる、(かげ)()っていました。しかし、夕焼(ゆうや)けの(うつく)しかった(なつ)には、とうとうお(とう)さんは(かえ)ってこられませんでした。
今年(ことし)は、お(とう)さんは、お(かえ)りなされんのだろうか?」と、(むすめ)がいうと、
「いいえ、お(とう)さんは、約束(やくそく)なされたことは、けっしてお(ちが)いなされはしない。きっと、今夜(こんや)あたり、(かえ)っておいでなさるだろう。」といって、お(かあ)さんは、なにか(むし)()らせるのか、かたく(しん)じて、いつものごとく、(あお)いランプに()をつけて、(まど)ぎわにすわって()っていられました。
 その()は、なんとなく、(うち)人々(ひとびと)(むな)さわぎのする(ばん)でした。
今夜(こんや)(かえ)っておいでなさる。」と、お(かあ)さんは(しん)じて、(くら)(うみ)(ほう)()ていられると、ふいに夜嵐(よあらし)(まど)()きつけるように、幾羽(いくわ)ともなく、(くろ)海鳥(かいちょう)が、(あお)いランプの()()がけて、どこからともなく()んできて、(まど)につきあたったのであります。
 お(かあ)さんは(かみ)さまや、(ほとけ)さまを、(くち)のうちでお(いの)りをして、どうか、お(とう)さんの()(うえ)()わりのないようにと(ねが)いました。そして、一()まんじりとも(ねむ)りませんでした。
 その翌晩(よくばん)も、どこからともなく(くろ)(とり)(あお)いランプの()()がけて()んできました。毎晩(まいばん)(あお)いランプに()をつけると、どこからともなくこの(くろ)(とり)()れが、()()せてきたのであります。みんなは、このランプを気味悪(きみわる)がりました。そして、不思議(ふしぎ)のランプとして、もうそれをつけないことにして、しまったのであります。
 そして、お(とう)さんは、とうとう(かえ)ってこられませんのでした。
       *   *   *   *   *
 これが、おばあさんのお(はなし)であります。そのときのお(かあ)さんは、もうとっくに()んでしまい、そのときの(むすめ)さんは、この物語(ものがたり)をしたおばあさんなのでした。
「そのお(とう)さんは、どうなされたのでしょうね。」と、このへやに(あつ)まった(ひと)たちは、おばあさんにたずねました。
外国(がいこく)から、こちらへくる(ふね)がなかったものか、それとも、どこかの(しま)(わた)って、自分(じぶん)(おも)ったような仕事(しごと)をなされたものか、わからないのだよ。」と、おばあさんは、(こた)えました。
「いまでもわかりませんの?」
(わたし)が、こんなにおばあさんになったのだから、もう、お(とう)さんは、この()においでなされるはずはないでしょう。」
 みんなは、これを()いて、さびしい気持(きも)ちがしました。(あお)いランプの()は、その(むかし)のように、(あお)(ひかり)をいまもへやの(なか)にただよわせています。
(くろ)(とり)が、今夜(こんや)()んでくるかしらん。」と、子供(こども)たちは、いいました。
 だれも、これについて、はっきり(こた)えるものはありませんでした。そして、みなは、おばあさんの(かお)()ました。おばあさんは、うつむいて、(とお)(むかし)のことを(おも)()すように、また、(きし)()(なみ)(おと)()きいっているように、じっとしていられました。
「おばあさん、(くろ)(とり)が、今夜(こんや)()んでくるでしょうか?」
「もう、そんなこともあるまい。あの時分(じぶん)(くに)(かえ)りたい、(かえ)りたいと、お(とう)さんが、毎夜(まいよ)(おも)っていなされたから、(とり)になってきなさったのかもしれないが、もう、そんなことはないだろう。」と、おばあさんはいわれました。
 はたして、その()は、なんの()わったこともなく、(あき)(うみ)は、すすり()くように(しず)かにふけていったのであります。

 


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