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赤いガラスの宮殿
日期:2022-09-06 23:59  点击:285
赤いガラスの宮殿

小川未明

 


 (ひと)りものの平三(へいぞう)は、正直(しょうじき)人間(にんげん)でありましたが、(はたら)きがなく、それに、いたって無欲(むよく)でありましたから、世間(せけん)人々(ひとびと)からは、あほうものに()られていました。
「あれは、あほうだ。」と、いわれると、それをうち()すもののないかぎり、いつしか、そのものは、まったくあほうものにされてしまうばかりでなく、当人(とうにん)も、自分(じぶん)自分(じぶん)をあほうと(おも)いこんでしまうようになるものです。平三(へいぞう)も、その一人(ひとり)でありました。
 (なつ)のはじめのころであります。
 往来(おうらい)(ある)いていると、()ごろ、(かお)()っている、(むら)()若夫婦(わかふうふ)(たび)じたくをしてきかかるのに()あいました。(おとこ)は、なにか(おお)きな()背負(せお)っています。(あと)から、やさしい(わか)女房(にょうぼう)が、()ぬぐいを(あたま)にかぶって、わらじをはいてついてきました。
「どこへいくんだな。」と、平三(へいぞう)は、びっくりした(かお)をしてたずねました。
(たび)()かけるだよ。この(むら)にいたっていいことはない。(たび)へいってうんと(はたら)いてくるだ。(へい)さんも、いかないか。」
「いつ、この(むら)(かえ)るだ。」
「それは、わからない。」
(たび)って、どこだな。そこへさえいけばどんないいことがあるけい。」
「それは、(ひろ)いだ。どこって、おちつく(さき)は、わからないが、たんといいことがあると()いているから()かけるだよ。」
「その(ひろ)土地(とち)()ったら、(きん)か、(ぎん)でも()てくるか……。そんなら、おれもいって、(せい)()して()るべい。」
(きん)も、(ぎん)も、なんでも()てくるだ。おれたちがいって、よかったら、たよりをするだよ。そうしたら、おまえも、()かけてきべい。そんだら、達者(たっしゃ)()らしなよ。」
「そんだら、二人(ふたり)も、道中(どうちゅう)()をつけていきなよ。」
 平三(へいぞう)は、いつまでも(みち)(うえ)()って、二人(ふたり)姿(すがた)()えてゆくの見送(みおく)っていました。
 それから、()がたちました。
 (かれ)は、(むら)はずれの(おか)のふもとで、ひなたぼっこをして、ぼんやりと空想(くうそう)にふけっていました。おりおり(おも)()したように、初夏(しょか)(かぜ)が、ため(いき)をつくように()いて、(かれ)のほおをなでて()ぎました。
 そのとき、三十五、六の(おんな)が、頭髪(とうはつ)(みだ)して、ぶつぶつとつぶやきながら、せわしそうな(あし)どりで、なにかざるにいれて、()わきに(かか)えながら、平三(へいぞう)(まえ)(とお)()ぎようとしました。
 平三(へいぞう)(こし)()ろしているうしろには、こんもりとした()ばらのやぶがあって、()(しろ)(はな)のさかりでした。それには、無数(むすう)のみつばちが(あつ)まっています。しかし、そんなことには、ここを(とお)りかかる(おんな)も、また平三(へいぞう)すらも()づいていないようすでした。
 (かれ)足音(あしおと)()いて、ふと(かお)()げると、やはり見知(みし)りの(むら)(おんな)でしたから、
「こんにちは、どこへいかっしゃる……。」と、(こえ)をかけました。(おんな)は、びっくりして、こちらを()きました。その()(なか)(なみだ)にぬれていたのです。
「かわいい、大事(だいじ)(ぼう)やが()んでしまって、おもちゃがあると(おも)()していけないから、みんな(かわ)(なが)してしまおうと(おも)って、()てにいくところだよ。」
「ほんとうに、かわいそうなことをしたな。おれに、よく悪口(わるくち)をいったり、(いし)()げたり、からかったが、あの()は、かわいい、いい()だった。おれ、ちっとも(にく)いと(おも)ったことがなかったよ。」
「ほんに、おまえさんに、よくいたずらしたっけが、後生(ごしょう)だから、(わる)(おも)って、くんなさんなよ。ちっとも悪気(わるぎ)はなかったのだから……。」と、母親(ははおや)は、(おも)()して(あたら)しく()(なみだ)をぬぐいました。
「おれ、(ぼう)やのおもちゃもらっておくだ。(ぼう)やのと(おも)って、大事(だいじ)にするだ。おくんなせい。」
「そんだら、(かわ)(なが)さんで、おまえさんにくれべいかな。」
 母親(ははおや)は、子供(こども)のおもちゃを平三(へいぞう)(あた)えたのでありました。
 (かれ)は、それを自分(じぶん)小屋(こや)()って(かえ)った。それらのおもちゃは、びっこの(おんな)()のお人形(にんぎょう)や、セルロイド(せい)のサンタクロースに()たおじいさんや、(うま)や、こわれかかった汽車(きしゃ)や、そのほか絵本(えほん)などでありました。平三(へいぞう)は、(かべ)のきわにそれをならべて()んだ子供(こども)(かお)(おも)()していたのであります。
 (むら)子供(こども)たちは、平三(へいぞう)留守(るす)()に、小屋(こや)(なか)(はい)ってきました。そして、(かれ)大事(だいじ)にしているおもちゃを(そと)()()して、いつのまにか、どこへかなくしてしまったのもありました。
「また、いたずら()が、留守(るす)にはいって、大事(だいじ)にしているおもちゃをどこかへ()()してしまったな。」と、(かえ)ってきた(へいぞう)は、ひとりでどなり(ごえ)()して、(いえ)(そと)()て、どこかに()ちていないかとおもちゃをさがしました。
 もはや、夕闇(ゆうやみ)は、(みち)(うえ)にせまってきて、あたりのものが、はっきりとわかりません。(かれ)(かな)しくなって、おもちゃを()っていた、()んだ(ぼう)やにすまないことをしたような()がして、(なみだ)ぐみましたが、また(かんが)えてみると、(おな)じような子供(こども)が、どこかへ()っていって(あそ)んだのなら、けっして、(つみ)にもならないと(おも)ったりしたのです。
 ()()()ちる(あき)となり、そして、やがて(ふゆ)がきました。
 (ゆき)は、ちらちらと()りはじめました。()(はたけ)に、(えさ)がなくなると、からすは、ひもじいとみえて、カアカア()いて、人家(じんか)のある(ほう)()んできました。
「こんな(ゆき)()には、(こま)るのは、だれも(おな)じこった。そら、おまえにもくれてやろう。」と、平三(へいぞう)自分(じぶん)食物(しょくもつ)をわけて、からすに()げてやりました。
 からすという(とり)は、(くろ)陰気(いんき)(とり)で、人間(にんげん)にはきらわれますが、なかなかりこうな(とり)でした。さかしそうな()つきをして、()(えだ)にとまって、平三(へいぞう)(ほう)()ましたが、じきに()んできて、それを()べました。それから(のち)は、いつでも平三(へいぞう)小屋(こや)(ちか)くにいて、(とお)くへいっても、また、このあたりの()(かえ)ってきました。
 (ゆき)のないうちは、手助(てだす)けにやとわれたりして、どうにか()らしてゆきましたが、(ゆき)()ってからは、(そと)仕事(しごと)もなくなってしまい、平三(へいぞう)をやとうようなものもなかったのです。
平三(へいぞう)は、どうしたろうな。」
「せんだって、往来(おうらい)(とお)っていたら、からすが屋根(やね)にとまって、アホウ、アホウと()いていたぞ。」と、戯談(じょうだん)をいったものがあります。
無欲(むよく)な、正直(しょうじき)人間(にんげん)だ。そんな悪口(わるくち)をいうもんでねえ。(ゆき)()って、仕事(しごと)がなくなって(こま)っているだろうから、(わたし)は、明日(あす)にも、ちょっといってのぞいてみるつもりだ。みんなも、なにかよけいなものがあったら、くれてやるがいいだ。」と、老人(ろうじん)が、(くち)をいれました。
 こんなに、かげで、(むら)(ひと)から同情(どうじょう)されているとも()らずに、平三(へいぞう)小屋(こや)(なか)で、一人(ひとり)(ゆき)ぐつをつくっていました。
「カア、カア。」と、からすが、(そと)のかきの(えだ)にとまって、しきりに()いています。
「なにかくれてやりたいが、今夜(こんや)は、(ひと)つぶの(めし)もねえだ。我慢(がまん)をしろよ。このくつを()って、明日(あす)は、(はや)()りにいってくる。そして、(かえ)りに()べるものを()ってくるからな。」と、小屋(こや)(なか)で、()こえるはずもないのに、からすにはなしをしていました。
 ちょうど、そのころのことであります。ほどへだたった(まち)酒屋(さかや)に、嫁入(よめい)りがありました。その評判(ひょうばん)は、この(むら)でもたいしたものでありました。
「三(ごく)一の嫁御(よめご)というこった。あんな器量(きりょう)よしは、まあ、(かね)のわらじをはいて、さがしても、ほかには二人(ふたり)とないという(はなし)だ。」
 こんなうわさは、(はし)から、(はし)にまでひろまりました。平三(へいぞう)はそれを()くと、
「どんな、嫁御(よめご)だろうな。」といって、ぼんやりと(かんが)えこんだのです。
 (むら)で、(まち)へいって、その嫁御(よめご)()てきたものは、(かえ)ると、その(うつく)しいことを、ほこり(がお)(かた)ったのでありました。平三(へいぞう)自分(じぶん)も、どうかして、その嫁御(よめご)()たいと(おも)いました。しかし、そんな()づるはどこにもありません。(かんが)えたすえに、(かれ)(さけ)()いにいったら、あるいは()えまいものでもないと(おも)ったのでした。
 あわれな平三(へいぞう)は、()()(ねむ)らずに、わらをあんで、(ゆき)ぐつをつくりました。そして、翌日(よくじつ)は、それを()って、(むら)から(むら)へ、()って(ある)きました。
 晩方(ばんがた)(うち)(かえ)ると、(ちい)さな徳利(とくり)をさげて、(まち)酒屋(さかや)(さけ)()いに()かけたのです。
 (かれ)は、毎日(まいにち)毎日(まいにち)晩方(ばんがた)になると、徳利(とくり)をさげて、(さけ)()いにゆきました。しかし、三(ごく)一の花嫁(はなよめ)は、(いえ)奥深(おくふか)くはいっているとみえて、一()も、その(かお)()ることができなかった。いつも、(あたま)のはげあがった番頭(ばんとう)が、上目(うわめ)使(つか)って、じろりと平三(へいぞう)(かお)をにらむように()て、一(ごう)ますに(さけ)をはかっていれて(わた)しました。(かれ)は、毎日(まいにち)毎日(まいにち)失望(しつぼう)して、(いえ)(かえ)ってきたのであります。
「あほうの平三(へいぞう)は、いつから、あんなに()(すけ)になりおったか。」といって、(むら)(ひと)たちは、(かれ)が、ちらちらと(ゆき)()(なか)(まち)(ほう)徳利(とくり)をさげてゆく、さびしそうな姿(すがた)見送(みおく)ったのでした。
 平三(へいぞう)は、あまり、(さけ)()きでなかったから、()(のこ)しを、(おお)きな徳利(とくり)にうつしておきました。そして、だんだんそれがたまって、(さけ)(おお)きな徳利(とくり)いっぱいになろうとしました。
 ある()(かれ)は、今日(きょう)こそ(うつく)しい嫁御(よめご)()たいものだと(おも)って、(さけ)()いにゆきましたが、やはり()られなかったばかりでなく、番頭(ばんとう)から、冷淡(れいたん)にされて、(かな)しんで(うち)(かえ)ると、徳利(とくり)(さけ)(ちゃ)わんにうつして、かなしみを(わす)れようとして()みほしました。いつになく、(りょう)をすごして()ってしまうと、(かれ)はごろりと(よこ)になって、(ねむ)ってしまったのです。
 この(むら)にいても、おもしろくないので、平三(へいぞう)もいよいよ(たび)()かけたのでした。こわれかかったような、(ちい)さな汽車(きしゃ)()って、野原(のはら)(なか)(はし)っています。(いし)くれがごろごろとして、(みじか)(くさ)(かぜ)になびき、()こうの(ほう)には、さびしい(おか)がつづいていました。そのさきは、(うみ)になっているらしく、しろい(くも)が、ちぎれて()んでいます。
 ピョーと、汽笛(きてき)(たか)くひびいて、汽車(きしゃ)がとまると、(かれ)はおりなければならなかった。
「ここは、どこだろう……。」
 (かれ)は、(あし)()くままに(ある)いてゆくと、
「どこへいくんだい。」と、ふいに(こえ)をかけた子供(こども)があった。ふ()くと、あの()んだ(ぼう)やでありました。
「おお、(ぼう)や。おまえは、こんなところにきているのか、(かあ)さんが、()いていたぞ。そして、おまえは、()んだのではなかったのか。」
「まだ、たくさんあちらにいるよ。つれていってやろう。」
 子供(こども)は、(さき)にたって、平三(へいぞう)(おか)(うえ)案内(あんない)しました。いつしか、子供(こども)姿(すがた)()えなくなって、(かれ)は、(あか)いガラスでつくられた宮殿(きゅうでん)(まえ)()っていました。(あたま)のとがった、三角形(かくけい)(あか)いガラスの建物(たてもの)傾斜(けいしゃ)した(おか)(うえ)にあって、かたむいていました。そして、この建物(たてもの)には、ふしぎに()(ぐち)がついていませんでした。(あか)いガラスをとおして、内部(ないぶ)をのぞくと、いくつか、(かげ)(うご)いています。じっと()るとおじいさんが、(こし)かけていました。また、いつか、(たび)()かけた(わか)もの夫婦(ふうふ)がいました。女房(にょうぼう)は、にこにことして、なにか(ぼん)にのせて、あちらへ(はこ)んでいました。こちらには、びっこの(むすめ)が、さびしそうにして()っている。そればかりでない、(いぬ)も、子馬(こうま)も、みんないっしょにむつまじく()らしていました。おじいさんは、なにかいっているとみえて、(くち)だけは(うご)いていたが、ガラスの内部(ないぶ)でいっているので、(こえ)がすこしも()こえてきませんでした。平三(へいぞう)は、なんだか、そのおじいさんも、(むすめ)も、みんなどこかで、一()()たことのあるような()がして、(かんが)えていました。が、それらは、すべて、自分(じぶん)()っていたおもちゃであったことに()がつかなかったのです。
「もし、もし、おれも、仲間(なかま)にいれてくんなされ。もし、もし。」と、平三(へいぞう)は、(さけ)んだけれど、あらしが(つよ)くて、その(こえ)()()したのでした。
 青々(あおあお)とすみわたった(そら)(した)で、すさまじいあらしが、()いていました。たちまち、どっと、おそって、この(あか)いガラスの宮殿(きゅうでん)にぶっつかったかと(おも)うと、さながら(こおり)をくだいたようなひびきをたて、みごとな建物(たてもの)は、さんらんとして、空中(くうちゅう)に、()()ってしまいました。
 (ゆめ)からさめた平三(へいぞう)は、ぼんやりとして、(そと)をながめました。めずらしく、よく(そら)()れて、夕焼(ゆうや)けが赤々(あかあか)(ゆき)平野(へいや)をそめていました。そして、なにかいいことのある()らせのように、からすが()いていました。
「こんどこそ、(たましい)をいれかえて(はたら)くだ。」
 (かれ)は、()まれ()わったように、さとりました。たまたま(とお)い、(はま)(ほう)(かえ)ってゆく、からのそりがありました。(はま)へゆけば、(ふゆ)でも仕事(しごと)があると()ていました。(かれ)(おお)きな徳利(とくり)(さけ)(おとこ)にやって、(はま)(ほう)まで、そのそりに()せてもらうことにしました。(かれ)は、永久(えいきゅう)に、その(むら)から()ったのです。からすだけが、(かれ)との(わか)れを()しんで()いていました。

 


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