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赤い姫と黒い皇子
日期:2022-09-06 23:59  点击:286

赤い姫と黒い皇子

小川未明

 


 ある(くに)(うつく)しいお(ひめ)さまがありました。いつも(あか)着物(きもの)をきて、(くろ)(かみ)(なが)()れていましたから、人々(ひとびと)は、「(あか)姫君(ひめぎみ)」といっていました。
 あるときのこと、(となり)(くに)から、お(ひめ)さまをお(よめ)にほしいといってきました。お(ひめ)さまは、その皇子(おうじ)をまだごらんにならなかったばかりでなく、その(くに)すら、どんな(くに)であるか、お()りにならなかったのです。
「さあ、どうしたものだろうか。」と、お(ひめ)さまは、たいそうお(かんが)えになりました。それには、だれか(ひと)をやって、よくその皇子(おうじ)()(うえ)(さぐ)ってもらうにしくはないと(かんが)えられましたから、お(とも)(ひと)をその(くに)にやられました。
「よく、おまえはあちらにいって、人々(ひとびと)のうわさや、また、どんなごようすの(かた)だか()てきておくれ。」といわれました。
 そのものは、さっそく皇子(おうじ)(くに)()かけていきました。すると、(となり)(くに)から、(ひと)今度(こんど)のご縁談(えんだん)について(さぐ)りにきたといううわさが、すぐにその(くに)人々(ひとびと)(くち)(のぼ)りましたから、さっそく御殿(ごてん)にも()こえました。
「どうしても、あの、(うつく)しい(ひめ)を、自分(じぶん)(よめ)にもらわなければならぬ。」と、皇子(おうじ)(のぞ)んでいられるやさきでありますから、ようすを(さぐ)りにきたものを十(ぶん)にもてなして(かえ)されました。
 やがて、そのものは、()(かえ)りました。お()ちになっていたお(ひめ)さまは、どんなようすであったかと、すぐにおたずねになりました。
「それは、りこうな、りっぱな皇子(おうじ)であらせられます。御殿(ごてん)金銀(きんぎん)(かざ)られていますし、(みやこ)(ひろ)く、にぎやかで、きれいでございます。」と、家来(けらい)(こた)えました。
 お(ひめ)さまは、うれしく(おも)われました。しかし、なかなか注意深(ちゅういぶか)いお(かた)でありましたから、ただ一人(ひとり)家来(けらい)のいったことだけでは、安心(あんしん)をいたされませんでした。ほかに、もう一人(ひとり)家来(けらい)をやって、よくようすを(さぐ)らせようとお(かんが)えになったのです。
「こんどは、ひとつ姿(すがた)をかえてやろう。それでないと、ほんとうのことはわからないかもしれぬ。」と(おも)われましたので、お(ひめ)さまは、家来(けらい)乞食(こじき)仕立(した)てて、おつかわしになりました。
 いろいろの乞食(こじき)が、東西(とうざい)南北(なんぼく)、その(くに)(みやこ)をいつも往来(おうらい)していますので、その(くに)(ひと)も、これには()づきませんでした。
 乞食(こじき)姿(すがた)をかえたお(ひめ)さまの使(つか)いのものは、いろいろなうわさを()くことを()ました。そして、そのものは、(いそ)いで(かえ)りました。
 お(ひめ)さまは、()っておられたので、そのものが(かえ)るとすぐに自分(じぶん)(まえ)にお()しなされて、()いたことや()たことを、すっかり(はな)すようにといわれました。
(わたし)は、つい皇子(おうじ)()のあたりに()られませんでした。しかし、たしかに()いてまいりました。皇子(おうじ)御殿(ごてん)から(そと)()られますときは、いつも(くろ)馬車(ばしゃ)()っていられます。そして、いつも皇子(おうじ)は、(くろ)のシルクハットをかぶり、燕尾服(えんびふく)()ておいでになります。そして片目(かため)なので、(くろ)眼鏡(めがね)をかけておいでになるということです。」と(もう)しあげました。
 お(ひめ)さまは、これを()くと、(まえ)家来(けらい)(もう)したこととたいそう(ちが)っていますので、びっくりなさいました。すぐに縁談(えんだん)(ことわ)ってしまおうかとも(おも)われましたが、もし、そうしたら、きっと皇子(おうじ)復讐(ふくしゅう)をしに()めてくるだろうというような()がして、すぐには(けっ)しかねたのであります。
 やさしい(こころ)のお(ひめ)さまは、片目(かため)であるという皇子(おうじ)()(うえ)をかわいそうにも(おも)われました。そして、お(よめ)にいって、なぐさめてあげようかとも(おも)われました。毎日(まいにち)のように、(あか)姫君(ひめぎみ)は、ぼんやりと(とお)くの(そら)をながめて、物思(ものおも)いに(しず)んでいられました。すると、(たか)(くろ)のシルクハットをかぶって、(くろ)燕尾服(えんびふく)()て、黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしゃ)()った皇子(おうじ)(まぼろし)()かんで、あちらの地平線(ちへいせん)横切(よこぎ)るのが、ありありと()えるのでありました。
 (あめ)()()も、この黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしゃ)()けていきました。(かぜ)()()も、(くろ)のシルクハットをかぶって燕尾服(えんびふく)()皇子(おうじ)()せた、この馬車(ばしゃ)(まぼろし)(はし)っていきました。
 お(ひめ)さまは、もう、どうしたら、いちばんいいであろうかと(まよ)っていられました。
「ああ、こうして、(まぼろし)にうなされるというのも、わたしの運命(うんめい)であろう。」と、あるときは、(おも)われました。
「わたしさえ、我慢(がまん)をすれば、それでいいのだ。」と、あるときは(かんが)えられました。そのうちに、皇子(おうじ)のほうからは、たびたび催促(さいそく)があって、そのうえに、たくさんの金銀(きんぎん)宝石(ほうせき)(るい)(くるま)()んで、お(ひめ)さまに(おく)られました。また、お(ひめ)さまは、二ひきの(くろ)い、みごとな黒馬(くろうま)皇子(おうじ)(みつ)(もの)とせられたのです。
 いよいよ、(あか)姫君(ひめぎみ)(くろ)皇子(おうじ)とがご結婚(けっこん)をなされるといううわさがたちました。そのとき、一人(ひとり)のおばあさんの予言者(よげんしゃ)が、姫君(ひめぎみ)(まえ)(あらわ)れて(もう)しあげたのであります。このおばあさんは、これまでいろいろなことについて予言(よげん)をしました。そして、みんなそれが()たったというので、この(くに)人々(ひとびと)からおそれられ、よく()られていました。
「このご結婚(けっこん)は、(あか)(くろ)との結婚(けっこん)です。(あか)が、(くろ)見込(みこ)まれている。お(ひめ)さま、あなたは、皇子(おうじ)()()()われることとなります。この結婚(けっこん)不吉(ふきつ)でございます。もし、ご結婚(けっこん)をなされば、この(くに)疫病(えきびょう)流行(りゅうこう)します。」と、おばあさんの予言者(よげんしゃ)はいいました。
 お(ひめ)さまは、これを()いて心配(しんぱい)なされました。どうしたらいいだろうかと、それからというものは、毎日(まいにち)(あか)い、(なが)いそでを(かお)にあてては、()いて(かな)しまれたのであります。
 皇子(おうじ)とお(ひめ)さまの、約束(やくそく)結婚(けっこん)()が、いよいよ(ちか)づいてまいりました。お(ひめ)さまは、どうしたらいいだろうかと、お(とも)人々(ひとびと)におたずねになりました。
 このとき、(くろ)いシルクハットをかぶって、燕尾服(えんびふく)()皇子(おうじ)()せた、(くろ)馬車(ばしゃ)(まぼろし)が、ありありとお(ひめ)さまに()えたのであります。お(ひめ)さまはぞっとなされました。
「なんでも執念深(しゅうねんぶか)皇子(おうじ)だといいますから、お(ひめ)さまは、(はや)くこの(まち)から()()って、あちらの(とお)(しま)へお()げになったほうが、よろしゅうございましょう。あちらの(しま)は、気候(きこう)もよく、いつでも(うつく)しい、(かお)りの(たか)(はな)()いているということであります。」と、お(とも)のものは(もう)しました。
 お(ひめ)さまは、だれも()のつかないうちに、あちらの(しま)()(かく)すことになさいました。ある()のこと三(にん)侍女(こしもと)とともに、たくさんの金銀(きんぎん)(ふね)()まれました。そして、(あか)着物(きもの)をきたお(ひめ)さまは、その(ふね)におすわりになりました。
 (あお)(うみ)を、(しず)かに、(ふね)(みなと)から(はな)れて、(おき)(ほう)へとこぎ()たのです。(そら)()んでいました。そして、(とお)く、かなたには、(しま)(かげ)がほんのりと()かんでいたのであります。
 (ふね)には、たくさんの金銀(きんぎん)()()んでありましたから、その(おも)みでか、(ふね)(おき)()てしまって、もう、(りく)(ほう)がかすんで()られなくなった時分(じぶん)から、だんだんと(しず)みかけたのでした。どんなに、三(にん)侍女(こしもと)とお(ひめ)さまは(おどろ)かれたでありましょう。
「やはり、皇子(おうじ)が、わたしをやらないように()()っているのです。」
と、お(ひめ)さまは(なげ)かれました。
「いいえ、お(ひめ)さま。これは、あまり(きん)(ぎん)をたくさん(ふね)()()んであるからであります。(きん)(ぎん)(おも)みを()れば、(ふね)は、(かる)くなって()()がるでありましょう。」と、侍女(こしもと)らはいいました。
「そんなら、みんな(きん)や、(ぎん)(うみ)(なか)(ほう)()んでおしまいなさい。」
と、お(ひめ)さまは、侍女(こしもと)たちに(めい)ぜられました。
 侍女(こしもと)たちは、(きん)や、(ぎん)()()って、一つずつ(うみ)(なか)()()みました。(りく)(ほう)では、これを()っているわずかの(ひと)だけが、お(ひめ)さまの(ふね)見送(みおく)っていたのですが、このとき、(うみ)(うえ)(ひか)って、(みず)(なか)(しず)んでいくまばゆい(ひかり)を、その人々(ひとびと)はながめました。そして、お(ひめ)さまの(あか)着物(きもの)に、()(うつ)って、(うみ)(うえ)()めるよう()えたのです。
 しかし、不思議(ふしぎ)なことには、(ふね)はだんだんと(みず)(なか)(ふか)(しず)んでいきました。侍女(こしもと)たちが()()()って()げる金銀(きんぎん)(かがや)きと、お(ひめ)さまの(あか)着物(きもの)とが、さながら(くも)()うような、夕日(ゆうひ)(うつ)光景(こうけい)は、やはり(りく)人々(ひとびと)()()られたのです。
「お(ひめ)さまの(ふね)が、(うみ)(なか)(しず)んでしまったのだろうか。」と、(りく)では、みんなが(さわ)ぎはじめました。
 (あか)姫君(ひめぎみ)(くろ)皇子(おうじ)結婚(けっこん)()のことであります。皇子(おうじ)は、()てども()てども、姫君(ひめぎみ)()えないので、(はら)をたてて、ひとつには心配(しんぱい)をして、幾人(いくにん)かの勇士(ゆうし)(したが)えて、(みずか)らシルクハットをかぶり、燕尾服(えんびふく)()て、黒塗(くろぬ)りの馬車(ばしゃ)()り、(ひめ)から(おく)られた黒馬(くろうま)にそれを()かせて、お(ひめ)さまの御殿(ごてん)のある城下(じょうか)()して()けてきたのです。
 城下(じょうか)人々(ひとびと)は、今度(こんど)のことから、なにか()こらなければいいがと心配(しんぱい)していました。ちょうどそのとき、皇子(おうじ)がやってこられるといううわさを()きましたので、みんなは(いえ)(なか)(はい)って、かかり()いにならぬように、()(かた)()めてしまいました。
 はたして(よる)になると、(いえ)(まえ)をカッポ、カッポと()らして(とお)るひづめの(おと)をみんなは()きました。その(あと)からつづいて、(いく)つかの(みだ)れたひづめの(おと)が、()()じって()こえてきました。みんなは、(いき)(ひそ)めて(だま)って、その(おと)(みみ)(かたむ)けたのです。すると、ひづめの(おと)は、だんだんあちらに(とお)ざかっていきました。
 しばらくすると、こんどは、あちらから、こちらへ、カッポ、カッポと()(ちか)づくひづめの(おと)()こえました。つづいて()(みだ)れた(いく)つもの(おと)()いたのでありました。あちらにお(ひめ)さまがいないので、(かれ)らはこちらにきて(さが)すもののように(おも)われました。
「お(ひめ)さまは、昨夜(さくや)(うみ)(なか)(しず)んでしまわれたのだもの。いくら(さが)したって()つかるはずがない。」と、人々(ひとびと)(おも)っていました。
 また、ひづめの(おと)()こえました。こんどは、またこちらから、あちらへもどっていくのです。
(ひめ)は、どこへいったのじゃ。」と、(さけ)(こえ)が、(やみ)(なか)でしました。
 やがて、そのひづめの(おと)が、()こえなくなると、(あと)には、夜風(よかぜ)(そら)(わた)(おと)がかすかにしました。しかしこうして、ひづめの(おと)は、夜中(よなか)家々(いえいえ)(まえ)をいくたびも往来(おうらい)したのであります。そして、夜明(よあ)けごろに、この一(たい)は、(うみ)(ほう)()して、(はし)っていきました。人々(ひとびと)は、その()(ねむ)らずに、(みみ)()まして、このひづめの(おと)()いていました。
 ()()けたときには、もうこの一(たい)は、この城下(じょうか)には、どこにも()えませんでした。前夜(ぜんや)のうちに、皇子(おうじ)馬車(ばしゃ)も、それについてきた騎馬(きば)勇士(ゆうし)らも、(なみ)(うえ)へ、とっとと()()んで、(うみ)(なか)(はい)ってしまったものと(おも)われたのであります。
 夕焼(ゆうや)けのした晩方(ばんがた)に、(うみ)(うえ)を、電光(でんこう)がし、ゴロゴロと(かみなり)()って、ちょうど馬車(ばしゃ)()けるように、黒雲(くろくも)がいくのが()られます。それを()ると、この(まち)人々(ひとびと)は、
(あか)姫君(ひめぎみ)(した)って、(くろ)皇子(おうじ)()っていかれる。」と、いまでも、いっているのでありました。

 


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