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いいおじいさんの話(1)
日期:2022-10-14 08:28  点击:299

いいおじいさんの話

小川未明


 (うつく)しい(つばさ)がある天使(てんし)が、(まず)しげな(いえ)(まえ)()って、心配(しんぱい)そうな(かお)つきをして、しきりと(うち)のようすを()ろうとしていました。
 (そと)には(さむ)(かぜ)()いています。(ほし)がきらきらと()れた(はやし)のいただきに(かがや)いて、あたりは一(めん)()(しろ)(しも)()りていました。天使(てんし)()るもいたいたしげに、素跣(すはだし)霜柱(しもばしら)()んでいたのであります。
 天使(てんし)自分(じぶん)()(さむ)いことなどは(わす)れて、ただこの(まず)しげな(いえ)のようすがどんなであろうということを、()りたいと(おも)っているふうに()えました。(いえ)(うち)にはうす(ぐら)燈火(とうか)がついて、しんとしていました。まだ(ねむ)時分(じぶん)でもないのに(はな)(ごえ)もしなければ、(わら)(ごえ)もしなかったのであります。
 このとき、ちょうど(おな)(むら)()んでいる、(ひと)のいいおじいさんが、(やま)小舎(こや)でおそくなるまで(はたら)いて、そこを(とお)りかかったのであります。そして、おじいさんは天使(てんし)()ると、そばへいってどうしたのかと()うたのであります。
 天使(てんし)はおじいさんを見上(みあ)げて、
(ちか)いうちに、この(いえ)(てん)から子供(こども)一人(ひとり)よこそうと(おも)うのですが、心配(しんぱい)でなりません。この(さむ)いのに、子供(こども)がどうしてつらいめをしないものでもないと(おも)うと、なんとなく(あん)じられて、(わたし)はこの(いえ)のようすを()にやってきたのであります。それだのにこの(いえ)はしんとして、(わら)(ごえ)ひとつしないので、どうしたのであろうと(かんが)えていたのであります。」といいました。
 おじいさんは天使(てんし)のいうことを()いて、もっともだといわぬばかりにうなずきました。
「それにちがいありません。(わし)がよく亭主(ていしゅ)心持(こころも)ちを()いてみます……。」と、おじいさんは(もう)しました。
 天使(てんし)木枯(こが)らしの()(なか)を、いずこへとなく(ある)いて()りました。その(あと)見送(みおく)って、おじいさんは、よくこのときの(かみ)さまのお心持(こころも)ちがわかったのでした。
「ほんとうにこの(いえ)亭主(ていしゅ)にも(こま)ったものだ。女房(にょうぼう)がもうじきお(さん)をするというに、(はたら)いた(かね)はみんな(さけ)()んでしまう……。なんということだ。今夜(こんや)もあの居酒屋(いざかや)()いつぶれているにちがいない……。」と、おじいさんは(むら)はずれの居酒屋(いざかや)をさして、(つか)れている(あし)(はこ)びました。
 いってみると、はたして亭主(ていしゅ)は、そこで()っているのでした。おじいさんは意見(いけん)をしてやろうと(おも)いましたが、このようすではなにをいっても、いまはこの(おとこ)(みみ)にはいらないと(おも)いましたので、明日(あす)()いのさめているときにするつもりで、(いえ)にもどったのであります。
 その亭主(ていしゅ)大工(だいく)でありました。あくる()仕事場(しごとば)(かれ)(やす)みの時間(じかん)()()いてあたっていました。
 いい天気(てんき)でありました。(ふゆ)ではあったが()があたたかに()たると、小鳥(ことり)()れた木立(こだち)にきて()いています。(あお)(けむり)は、さびしくなった(はたけ)(うえ)をはって、(はやし)(なか)へとただよってゆきました。(かれ)はぼんやりと、なにか(あたま)(なか)(かんが)えているらしく()えたのであります。
「こんにちは。」といって、おじいさんは若者(わかもの)のそばへ(ちか)づきました。
 若者(わかもの)はだれかと(おも)って()ると、(ひと)のよいおじいさんなものですから、
「こんにちは、いいお天気(てんき)ですの、(かぜ)(さむ)いから()におあたんなさい。」といいました。
 それから二人(ふたり)は、いろいろな(はなし)をしましたが、そのうちにおじいさんは、
「おまえさんのところにも、もうじき(あか)(ぼう)()まれるようだが、もし子供(こども)がいらないなら、ほしいという(ひと)があるから、やる()はないか?」といいました。
 これを()くと、若者(わかもの)(きゅう)(いか)りだしました。
大事(だいじ)子供(こども)をなんで他人(たにん)にやれるものか。おじいさんいくら(ひと)がよくても、また(たの)まれたからといって、そんなばかなことをいうものじゃない。」といったのであります。
 おじいさんは、にこにこと(わら)って、
「それは(おれ)(わる)かった。おまえさんは(さけ)ばかり()んで、女房(にょうぼう)()(うえ)(おも)わなければ、(あか)(ぼう)()まれる仕度(したく)もしていないようすなので、おまえさんは子供(こども)がかわいくないのだろうと(おも)ったからいったのだ。(あか)(ぼう)は、この(さむ)時分(じぶん)()まれてくるのだから、それを(おも)ったら、あたたかに仕度(したく)しておいてやらなければならん……。そうでないかな。」と、おじいさんはいいました。
 若者(わかもの)は、(さけ)()っていませんから、よくおじいさんのいうことがわかりました。自分(じぶん)(わる)かったと(おも)いました。若者(わかもの)(あたま)をかきながら、
(わたし)がわるかった。ほんとうに、まだ子供(こども)のことを(かんが)えていなかった。女房(にょうぼう)が、わがままですこし()にいらないことがあると、がみがみいうもんだから、つい(ほか)()んでしまうのだが、(かんが)えてみりゃ子供(こども)のために我慢(がまん)するんだった……。」と、若者(わかもの)(こころ)から(かん)じたのであります。
 おじいさんは、たいそう(よろこ)びました。その(のち)のこと、(よる)、この大工(だいく)(いえ)(まえ)(とお)りますと、大工(だいく)(いえ)にいて、女房(にょうぼう)(はな)(ごえ)もすれば、なんとなく陽気(ようき)でありました。


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09/25 13:22