おじいさんは、どこをどう歩 いているのだか私 にはわかりませんでした。だいぶん長 い間 歩 いたと思 う時分 に、おじいさんは屋台 を下 ろしました。そして、箱 の中 から私 を外 に出 しました。このときよく見 ると、おじいさんの顔 は、まったく気味 が悪 いほど色 が白 く、目 が光 っていました。私 はいつも村 にやってくる無愛想 な、あめ売 りじいさんを思 い出 して、どれほど、その人 のほうがいいかしれないと思 いました。
「さあ、なんにも怖 いことはない。私 といっしょにくるのだ。」と、おじいさんは、屋台 を木 の下 に置 いたまま先 に立 って歩 きました。私 は、そこがどこだか、ちっともわかりませんでした。さびしい山 の間 で、両方 には松 の木 や、いろいろな雑木 のしげった山 が重 なり合 っていました。そして、ただ一筋 の細 い路 が谷 の間 についていました。
おじいさんについて、どんなところへ連 れていかれるのかと心配 しながら歩 いてゆくと、はや、せみの松林 で鳴 いている声 が聞 こえました。日 が暮 れたら、どうなるのだろうと思 うと、もう一足 も歩 く気 になれなかったけれど、路 がわからないので逃 げ出 すこともできなかったのであります。お母 さんや、おばあさんが、私 をたずねて、心配 していなさるだろうと思 うと、私 は胸 がふさがるような気 がしました。
「さあ、この峠 を越 すと、もうじきだ。」と、おじいさんはいいました。
どんなところへゆくのだろうと、私 はそればかり思 われて、心配 でなりませんでした。
やがて峠 を越 すと、三、四軒 の古 い粗末 な家 が建 っていました。おじいさんは、その一軒 の家 に私 を連 れて入 りました。すると、そこには肌 ぬぎになって、大男 が四、五人 で、花 がるたをしていました。そして、大 きな目 をむいて、けんめいにかるたをとっていました。
「こんな子供 をつれてきた。」と、おじいさんは、みんなに向 かっていいました。けれども、だれも相手 にならずに、かるたのほうに気 を取 られて夢中 になっていました。
「どれ、湯 に入 ってこよう。」と、おじいさんはいって出 てゆきました。
そこは沸 かし湯 の湯治場 であったのです。私 は独 りすわって、このものすごい室 の内 を見 まわしていました。まだランプも、電燈 もなく、ただ古 ぼけた行燈 が、すみのところに置 いてありました。私 は心 で、これはきっと悪者 どもの巣窟 であると考 えました。そして、この間 に逃 げ出 さなければならぬと思 いました。私 は、よくそのときのことを覚 えています。このとき、按摩 が笛 を吹 いて家 の前 を通 りました。
私 は決心 をして、男 どもに気 づかれぬように、そっと室 を出 て、下駄 をはきました。そして、だれか見 ていぬかと四辺 を見 まわしますと、勝手 もとのところで、まだ若 い女 が、白 い手 ぬぐいをかぶって働 いていました。私 は、その女 の人 がなんとなくやさしい人 に見 えましたので、そのそばへいって、
「小母 さん、どうか私 を家 へ帰 しておくれ。」と、泣 いてたもとにすがりました。すると、やさしそうなその女 の人 は、じっと私 の顔 を見 ていましたが、
「知 れるとたいへんだから、早 く私 におぶさり、あのおじいさんのいないまに逃 げなければならないから。」と、女 の人 はいって、白 い手 ぬぐいをとって、その手 ぬぐいで、私 の顔 をわからないように隠 しました。私 は、目 をふさがれて、女 の肩 につかまり、その脊 におぶさりますと、女 はすぐにそこから音 のしないように歩 き出 して、きたときの峠 を下 りました。
やがて女 は二、三丁 もくると、息 をせいて、私 を下 ろして休 みました。けれど、まだ私 の目 から手 ぬぐいをはずしませんでした。
「わたしは、みんなに知 れるとひどいめにあいますから、ここから帰 りますよ。坊 ちゃんは、いまあっちからくる馬方 に頼 んであげます。」と、女 はいって、ガラガラと馬 に車 を引 かせてきた馬方 に、なにやら小声 で女 はいっていました。
「また、達者 だったら坊 ちゃんにあいますよ。けれど、だれかがとってくれるまで、独 りで手 ぬぐいをとってはいけませんよ。」と、女 はいいました。私 は、黙 ってうなずきました。そしてなんとなく、このやさしい女 に別 れるのが悲 しゅうございました。
私 は車 の上 に乗 せられて、長 い間 、知 らぬ街道 をガラガラと引 かれていったのであります。どんなところを通 ったか、どんな景色 であったか、目 を隠 されているので、すこしもわからなかったのです。そして、あるところにきたときに、
「ここだ。」といって、馬方 は車 を止 め、
「さあ下 りた。そして、すこしここに立 って待 っているのだ。」といって、私 を抱 き下 ろしてくれました。
私 は、いわれるままに立 っていました。そのうちに馬方 は、馬 を引 いていってしまいました。ガラガラと車 の音 は、しばらく遠 くなるまで私 の耳 に聞 こえていました。
いつまで待 っても、いつまで待 っても、だれもきてくれなかったのです。私 は、ついに悲 しくなって泣 き出 しました。大 きな声 をあげて泣 き出 しました。すると、だれかきて、私 の目 かくしを取 ってくれました。
見 ると、それは私 のおとうさんで、私 は村 はずれの大 きな並木 のかげに立 っていました。
日 は、もうとっくに暮 れていたのであります。
「さあ、なんにも
おじいさんについて、どんなところへ
「さあ、この
どんなところへゆくのだろうと、
やがて
「こんな
「どれ、
そこは
「
「
やがて
「わたしは、みんなに
「また、
「ここだ。」といって、
「さあ
いつまで