おじいさんは、そういって、街 の遠 くの空 を見 やりました。あちらには、金色 の雲 が、どこかの高 いビルディングの屋根 に、ひっかかっているように、じっとしていました。
少年 は、家 へ帰 って、小 さなガラスのびんに水 をいれて、花 をさして、窓 の際 にのせておきました。貧乏 な、小 さな家 でありましたから、この花 だけが、光 って見 えたのであります。そして、花 からは、いい香 いが、家 じゅういっぱいにただよいました。
少年 のすみかは、町裏 の狭 い路地 でありましたから、平常 は、はちや、ちょうなどはめったに飛 んできたことがありません。それだのに、この花 があるばかりに、どこからか、一ぴきのはちが飛 んできて、それにとまりました。少年 は、だまって、はちがみつを吸 うのを見 ていました。そのうちに、もう甘 いみつが、たくさんになかったとみえて、はちは、さも名残惜 しそうに、花 のまわりを二、三べんも飛 んでいましたが、途 を迷 って、家 の内 へはいり、あちらの障子 につき当 たって、そこで、ブンブン羽 ばたきをしたのです。
「ばかだな。なぜこんなところへきて、花 を探 すのだ。もっと郊外 の方 へ飛 んでゆけば、広 い野原 や、圃 があるじゃないか。そして、そこには、いろいろの花 が咲 いているだろう。……そんなことを、このはちは知 らないのかな。」
少年 は、障子 にとまって、出途 を失 い、困 っているはちを見 ながら、いろいろのことを空想 しました。
これが、他 の日 であったら、あるいは、このはちを殺 したかもしれません。しかし、いまは、そんな、残酷 な心持 ちにはなれなかったのです。少年 は、障子 を開 けて、うちわで、はちをあおって、逃 がしてやりました。
「そうだな、美 しい、やさしい娘 さんかもしれない。」と、アイスクリーム売 りのおじいさんがいったのが、頭 に浮 かびますと、彼 は、家出 してわからなくなった、一人 の姉 のことを思 わずにはいられなかったのでした。
「おれも、これから広 い世 の中 へ出 て、姉 さんを探 してこよう。そうしたら、お母 さんも、お喜 びなさるだろう。」
少年 は、白 い花 を見 つめているうちに、こう決心 しました。このとき、不思議 にも白 い花 は、ポタリと音 をたてて、枝 をはなれて、下 に落 ちたのでした。
* * * * *
それから、二、三年 もたった、後 のことです。少年 は、あるサーカス団 に加 わって、諸国 を流浪 していました。自分 の姉 が、サーカス団 に加 わっているようなうわさを聞 いたからでもありました。
サーカスの一座 は、あるときは西 に、あるときは東 に、ところ定 めず、興行 をつづけて歩 きました。真夏 の空 に、高 いテントを張 って、あぶない芸当 を演 じたのです。少年 は、綱渡 りをしたり、さおの上 で逆立 ちをしたり、いろいろの軽業 をするようになるまでは、どれほど、つらいめをみたかしれません。打 たれたこともあれば、食物 をへらされたこともあれば、蹴 られたこともありました。彼 は、いくたび泣 いたかしれなかった。しかし、そのたびに、もし、ねえさんが、やはり、こうしたサーカスの中 に、はいっているなら、自分 と同 じ苦 しみを受 けたであろうと思 って、我慢 したのでありました。
けれど、いつになったら、自分 の探 ねている姉 にめぐりあわれるか、わからなかった。また、いつになったら、この苦 しみからのがれて、幸福 の日 を送 られるかわからなかった。彼 は、そう思 うと、憤然 として、すきを見 て、このサーカス団 から逃 げ出 そうと苦心 したのであります。
ある朝 のこと、すこしの油断 を見 はからって、彼 は、一座 から逃 げ出 しました。そして、どこというあてもなく、ただ遠方 へと、足 に委 せて走 ったのです。うしろを振 り向 き振 り向 き、だれか追 ってきはしないかと、気 づかいました。ついに、その日 の昼過 ぎのころ、名 も知 らない、野原 のはてにたどりついて、どっかりと草 の上 に倒 れて、疲 れきった体 を投 げ出 したのでした。
頭 をめぐらしたけれど、だれも、ここまで追 ってくるようすはなかった。少年 は、いまごろ自分 が見 えなくなったので、一座 では騒 いでいるだろうと思 いました。このとき、すぐかたわらで、ブーン、ブーンとせわしそうな鳴 り音 がしました。見 ると、一ぴきのはちが、のばらの花 に止 まろうとして、くもの巣 にかかって、もだえているのでした。彼 は、それを見 ているうちに、いつか葬式 の自動車 から落 ちた花 を拾 ってびんにさしたとき、はちがたずねてきたことを思 い出 しました。自分 は、なぜこんな花 などにやってこずに、広 い野原 へゆかないのだろう? そうすれば、甘 い新鮮 なみつがたくさんあって、自由 にそれが取 られるのにと思 ったことがあったが、いま、広 い野原 も、広 い世間 も、危険 なしに渡 られないことを感 じたのでした。彼 は、はちを救 ってやりました。
そこから、さらに歩 いて、海岸 の方 へ出 ますと、人々 が集 まって、高 い絶壁 の上 を指 さして話 をしていました。聞 けば、海賊 が、あの崖 の上 に、なにか宝 を隠 しているということであるが、だれも、そこへ取 りにゆかれないというのでした。
「私 が上 がります。」と、少年 はいいました。軽業 をしていた、鍛 えられた体 は、やすやすと崖 を登 って、隠 してあった、宝物 の包 みを持 ってきました。村 の人々 は集 まって、少年 の勇気 をほめそやしました。すると村長 らしい老人 が、「おまえさんが、いままで受 けたつらい修行 のおかげで、あの高 い崖 に登 れたのだから、その宝物 は、だれのものでもない、おまえさんのものだ。」といいました。この正 しい裁判 によって、はじめて、少年 の運命 は、美 しく、花 のように開 けたのでした。
「ばかだな。なぜこんなところへきて、
これが、
「そうだな、
「おれも、これから
* * * * *
それから、二、三
サーカスの一
けれど、いつになったら、
ある
そこから、さらに
「