少女がこなかったら(2)
日期:2022-11-07 23:45 点击:307
毎日のように、おじいさんは、
秋から、
冬にかけて
車を
引いてゆきました。
雪が
降ると、もう
車を
引いて
出ることはできなかったからです。
彼女は、おじいさんの
引いてゆかれる
車の
音を
聞き
分けることができました。
「あの
音は、だれの
車……。あの
音は、だれ……。あの
車の
音は、おじいさんのだ!」
いつも、
燈火の
下で、
村から、あちらへ
遠ざかりゆく、
車の
音に、
耳をすまして、その
音を
聞き
分けていたのでした。
「ああ、おじいさんは、どうなさったろう? お
父さんも、お
母さんも、
妹も……。そして、もう、
雪が
降る
時分だに……。」
彼女は、こんなことを
思うと、
眠れなかったのです。
* * * * *
あくる
日の
晩も、おさよは、ちょうど
車の
通る
時分に、
目をさましました。
コロ、コロ、と
車は、
風の
吹く、
暗い、
乾いた
夜道をきしってゆきます。きょうは、その
車の
音が、おじいさんの
車の
音に、よく
似ていました。しかし、おじいさんの
車の
音が、
幾百
里もある
遠くから、
聞こえてくるはずはありません。
彼女は、まくらから、
頭をあげて、もっとよく、
車の
音を
聞こうとしました。そして、
耳をすまして
聞けば、
聞くほど、おじいさんの
車の
音に
似ていました。
おさよは、もうじっとして、
我慢していることができなかった。さっそく、
起きて
着物をきると、
家の
人たちに、
気づかれないように、そっと
戸を
開けて、
寒い、
暗い、
外へ
自分の
体を
抜け
出したのです。
彼女は、
車のコロ、コロとゆく、
往来の
方へ
走ってゆきました。
男が、
牛に
荷車を
引かして、
往来を
街の
方へゆくのを
見ました。
「やはり、おじいさんでなかった。」と、
彼女は、
口の
中でつぶやいて、ふたたび
家へはいり、
戸を
閉めて、
自分の
床の
中にもぐりました。けれど、すぐには
眠つかれませんでした。
目の
中には、いっぱい
涙がたまっていました。
田舎のおじいさんのことを
思うと、
悲しかったからであります。
* * * * *
おさよは、
夜、
外へ
出て、だれが
車を
引いてゆくか
見たのを、
家の
人たちに
気づかれなかったと
思ったのに、
翌日、みんなの
前で、
「
昨夜、おまえは、
外へ
出たが、どうしたの?」と、
奥さまに
聞かれました。
彼女は、
顔を
赤くして、うつむいていましたが、
「どうしたのか、いってごらん。」と、
重ねて
聞かれると、
彼女は、ついに
包みきれずに、おじいさんが、
街へ
車を
引いていったのを
思い
出して、だれが、あの
車を
引いてゆくのか、
見たいと
思って、
出たことを
話しました。
太郎は、そばで、
女中がお
母さんに
話すのを
聞いていましたが、どこでも百
姓は、
夜もろくろく
眠らずに
働くのかということを、はじめて
深く
感じたのです。そして、それは
怖ろしい
人でなく、みんな
哀れな
女中のおじいさんのような、やさしい
人であろうと
思うと、いままで
心なしに
車の
音を
聞いた
自分を
恥ずかしく
思いました。
――一九二八・一〇――
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