いくつか病棟 があったが、この幼 い子供 たちの向 かったのは、いちばん後方 にあった、白 い病舎 でした。そうじのゆきとどいた、大 きなへやの中 には、幾列 となくベッドが整 しく並 んでいました。かたわらの卓 の上 には、薬 びんや、草花 の鉢 がのせてありました。そして、白 い服 を着 た兵隊 さんはベッドの上 へ横 になっているもの、あるいは、腰 をかけているもの、また、すわっているもの、また、松葉 づえを抱 えて立 ち話 をしているもの、ちょうどアルファベットのビスケットのように、その形 がいろいろでありました。毎日 のように、個人 となく、団体 となく、みまう人 が絶 えないので、こうした行列 が珍 しくなかったが、この暑 いのに、よくきてくれたと、目 を細 くして、汗 に額 のぬれた子供 たちを見 ていたものもあります。そのうちに、子供 らは、正面 へずらりとお行儀 よく並 んで、兵隊 さんの方 を見 て、バイオリンに合 わせてうたいはじめました。
父 よあなたは強 かった
かぶとをこがす炎熱 に
敵 の屍 とともにねて
泥水 すすり草 をかみ
終 わると、兵隊 さんたちは、手 をパチパチとたたいてくれました。拍手 はそのへやからばかりでなく、へやの外 の方 からも起 こったのです。それから、子供 たちは、一人 、一人 、兵隊 さんのそばへいって、自分 の持 ってきたもの、たとえば作文 や、自由画 や、またお人形 などを真心 こめて、おみまいにあげたのです。このとき、兵隊 さんは、みんなのくれるものを受 け取 ってにこにこしていました。
とも子 ちゃんは、へやの中 を見 まわしていました。自分 は、どの人 にあげよう……もとより、自分 の知 る顔 のあろうはずがないけれど、それでも、やさしそうな、話 をしてくれる人 にと思 ったのです。
若 い兵隊 さんたちとくらべて、年 とった兵隊 さんがあちらのすみの方 に、さびしそうにしてすわっていました。顔 にはひげがのびて、片手 を繃帯 していました。たぶん激戦 に、手 をやられたのでしょう。とも子 ちゃんは、その兵隊 さんのところへいって、自分 が骨 をおって色紙 で造 った、千羽 づるとかめの子 をあげました。
「ありがとう。」と、兵隊 さんは、にっこりとして、会釈 しました。
「おじさん、うちの兄 さんを知 らないでしょう。」
「あなたのお兄 さんも、戦争 にいっていられますか。」と、兵隊 さんが、ききました。
「ええ、もう一年 になるのよ。」
少女 は、なにか考 え出 そうとするように、ぱっちりとした目 をみはって、窓 の方 を見 ました。
「それは、ご苦労 さまですね。」
年老 った兵隊 さんは、この子供 の頭 をなでてやりたい気 がしましたが、やめました。
「また、いいものこしらえたら、おじさんに持 ってきてあげるわ。」
少女 は、振 り向 いて、先生 の立 っていらっしゃる方 へ走 っていきました。
病院 の屋上 へ出 ると、清 らかな流 れのように、いつも涼 しい風 が吹 いていました。月 がなく、星明 かりでは、たがいの顔 もよくわからなかったが、傷兵 たちは、静 かにして、レコードに聞 き入 っていました。両眼 を失 って、ここまで上 ってくるのに、二人 の看護婦 の肩 に助 けられなければならぬ人 もあったが、その人 もやがて腰 をかけると、じっとして、同 じように聞 き入 っているのでありました。あちらの地平線 をほど近 い、にぎやかな街 の燈火 が、ぽうと闇 を染 めているのを見 て、兵士 の中 には、戦場 を思 い出 すものもあったでしょう。ちょうどレコードは、愛馬行進歌 をうたいはじめたところです。
老兵士 も、みんなといっしょに、この歌 に耳 を傾 けていましたが、汲 み尽 くせない悲 しみが、胸 の底 から、新 らしくこみ上 げてくるのを覚 えました。同時 に、心 の目 は、昼間 慰問 にきてくれた、幼稚園 の生徒 らの混 じりけのない姿 をよみがえらせました。そして、あの目 のぱっちりした少女 の、
「おじさん、うちの兄 さんを知 らない?」と、いった言葉 までが、いまだに、耳 についているのを感 じたのです。
おそらく、あの子 の兄 も補充兵 であろうと思 うと、老兵士 をして○○攻撃 の際 に、自分 の見 た一光景 を思 い出 させるのでした。険阻 な敵 の陣地 へ突撃 に移 る暫時前 のことです。
「君 たち、いらないものは捨 て、ごく身軽 になっていくのだ。」
こう注意 してやると、後方 から、前線 へ送 られたばかりの、若 い兵士 の一人 が、目前 で、背嚢 をおろして、その内 を改 めていました。そのとき、老兵士 は、ふくらんだ背嚢 をみつめて、まごまごしている若 い兵士 に向 かって、
「なにがそんなに入 っているのか。」と、きいたのです。すると、その年若 の兵士 は、一つ、一つ出 して見 せて、
「これは、お守 りです。出 るときに、みんながくださったのです。」
「これは、お薬 りです。お母 さんが、入 れてくださったのです。」
「これは、日 の丸 の旗 に、たくさんの人 の名 が書 いてあるのです。」
「これは、姉 からの手紙 です。みんな、大事 なものばかりです。」
そういって、じっと老兵士 の顔 を見上 げた、あの青年 の澄 んだ目 には、これを身 につけて自分 は死 んでいくという純情 があらわれていました。
「いや、おれたちの体 が弾丸 になるのだ。みんな捨 ててしまえ!」と、老兵士 は、口 まで出 たが、無理 に、だまって、じっと若 い兵士 の顔 を見返 しました。その光 った瞳 の中 に、たとえ肉体 は亡 びても、けっして永久 に死 なない生命 のあることが刹那 に感 じられたのであります。
いま、老兵士 は、蓄音機 の歌 をきくためでなく、そのときのことを思 い出 して、深 くうなだれていました。
「まもなくして、あの突撃 が起 こったのだな。」
大 きく開 いた目 、真 っ赤 な顔 、火 がだるまのようになって、敵陣 目 がけて、一塊 となって、突 っ込 んでいった友軍 の姿 が……。
「おじさんは、うちの兄 さんを知 らないでしょう。」
またしても、こういって、自分 を見上 げた、少女 のぱっちりとした目 が浮 かびました。その目 は、清 らかなうちに、どこか悲 しみに傷 んだところがあった。
「おお、あのときの青年 の目 と、さっきの少女 の目 と同 じでなかったか。」と、老兵士 は、おどろきました。さらに、彼 は、二人 が、兄妹 でないのかとさえ考 えられるのでした。
それは、あまりにも空想的 な考 えようであったでしょう。しかし、たとえ兄 と妹 でなくても、その澄 みきったかがやく目 の中 に、相通 ずるものを見 ました。人間 であって、人間以上 のものを感 じたのです。
「いったい、それはなんであろうか。」と、彼 は、考 えました。そして、ついに、悟 りました。生命 というものは、はかないが、真実 は、なんらかの形 で永久 に残 るということでした。
彼 は、しだいにふけていく、初秋 の夜 の空 を仰 ぎました。金色 に、緑色 に、うすく紅 に、無数 の星 が輝 いています。おそらく、どの一つにも烈々 として、炎 が燃 え上 がっているにちがいない。しばらくすると、それが、みんな人間 の目 になって見 えるのでした。寂然 として、ものこそいわないが、永遠 に真実 と正義 とを求 めている。その光 は、胸 の底 に深 く浸 み入 って、魂 をかきむしるのでした。
「傷 がなおったら、早 く戦線 へ帰 ろう。」
彼 は、ほっとして、はじめて多 くの傷兵 たちといっしょに、レコードに耳 を傾 けようとしたが、いつのまにか心 は、また、あらぬほうへと飛 んでいました。
「人間 は死 ぬと、あの星 になるってな。」
すでに、去年 のいまごろ、塹壕 の中 で、異郷 の空 を見 ながらいった、戦友 の言葉 が、思 い出 されたのでした。
かぶとをこがす
とも
「ありがとう。」と、
「おじさん、うちの
「あなたのお
「ええ、もう一
「それは、ご
「また、いいものこしらえたら、おじさんに
「おじさん、うちの
おそらく、あの
「
こう
「なにがそんなに
「これは、お
「これは、お
「これは、
「これは、
そういって、じっと
「いや、おれたちの
いま、
「まもなくして、あの
「おじさんは、うちの
またしても、こういって、
「おお、あのときの
それは、あまりにも
「いったい、それはなんであろうか。」と、
「
「
すでに、