少年の日二景(1)
日期:2022-11-07 23:49 点击:244
少年の日二景
小川未明
おどろき
池の
中には、
黄色なすいれんが
咲いていました。
金魚の
赤い
姿が、
水の
上に
浮いたりまるい
葉蔭に
隠れたりしていました。そして、
池のあたりには、しだが
茂り、ところどころ
石などが
置いてありました。
勇ちゃんは、いかにも
金魚たちが
楽しそうに
遊んでいるのをぼんやりながめていました。そのとき、やぶの
方から
垣根をくぐって、
黒い
一筋の
糸のように、なにか
走ってきたので、その
方を
見ると、
大きなへびが、一ぴきのかえるを
追いかけているのです。かえるは、いまにもへびに
捕らえられようとしました。
勇ちゃんは、
考える
暇もなく、
庭先へ
飛び
降りて、へびをなぐろうと
思って、
太い
棒を
取り
上げたのです。この
間にかえるは、
縁の
下へ
入ろうとしました。しかしへびは
執念深く
逃がすまいとしました。
勇ちゃんは、
力いっぱいたたきました。あわてていたので、
棒はへびにあたらずに、
強く
地面をたたきました。するとへびは、かま
首を
上げて、
勇ちゃんをにらみました。
勇ちゃんは、なんだか
怖ろしい
気がしたが、こうなっては、かえってどうにかしなければならぬという
気が
起こって、また
力を
入れてたたきました。
こんどは、へびの
体にあたったので、へびは、
飛び
上がるようにして、そばにあった一
本の
小さな
松の
木に、それは
目にも
止まらぬ
早さで、くるくる
巻きついて、
頭を
体の
間へ
隠しました。これを
見た
勇ちゃんは、あまり
真剣な
姿に、
気味悪くなって、もうこのうえへびをいじめる
気にはなれなかったのです。
「さあ、もうたたかないから、
早くあっちへいけよ。」と、
勇ちゃんは、へびに
向かって、いいました。
へびは、そのままの
姿で、
身動きもせずに、じっとしていました。
「かえるは、どうしたろう。」と、
見ると、これも、
精根がつきはてたように、
南天の
木の
下に、じっとしていました。
勇ちゃんは、二ひきとも、かわいそうになりました。なんといっても、
人間がいちばん
強いのだ。だが、へびがかえるを
食べようとしただけに、へびがわるいのだろうと、
思ったのです。
「
早くいきな、もうだいじょうぶだ。」と、かえるに、いいました。
かえるは、
助けてもらったのをありがたく
思っているふうに
見えたが、いつのまにかいなくなりました。まだへびは、そのままじっとして
細い
松の
木に
巻きついていました。
勇ちゃんは、なんだか、いやな
気がして、
早くへびも
逃げていってくれぬかと、
遠くへはなれて、そのようすを
見ていると、へびは、
静かに、
音をたてぬように、
木から
降りて、
垣根の
方へ
向かいました。
「ああよかった。」と、
勇ちゃんは、
思いました。なぜなら、もしへびが
池の
中へ
入ったら、どうしようかと
思ったからです。そのうち、へびは
垣根の
横棒へはい
上がり、その
上を
伝って、やぶの
方へ
姿を
消してしまいました。
「かえるを
助けてやって、いいことをしたな。」と、
勇ちゃんは、
心の
中で、
喜んでいました。
晩方、お
母さんといっしょに、
町へ
出ると、
四つつじのところで、おじいさんがほたるを
売っていました。
「まあ、
大きなほたるだこと。」と、お
母さんは、そのほたるの
火が
美しいのにびっくりなさいました。
「
買ってね、お
母さん。」
「すぐ、
死にませんか。」
「だいじょうぶさ。」
そういって、
勇ちゃんは、五ひきばかり
入れ
物にいれてもらって、
帰りました。
その
夜、
池のあたりのしだの
蔭に
置くと、
青白く
燃える
光が、
池の
水に
映って、それはみごとだったのです。
「
昼間大きなへびが、かえるをのもうと
追いかけてきたんだよ。」
昼間のことを、
勇ちゃんは、
家の
人たちに
語りましたが、
思い
出すと、ぞっとするような
気持ちがしました。
「へびは
煙草をきらうといいますから、たばこの
粉を、
垣根のところにまいておくといいでしょう。」と、お
母さんが、おっしゃいました。
「ほんとう?」
勇ちゃんは、へびがくるのを
防げると
知って
安心しました。
翌朝、ほたるかごを
見ると、一ぴきだけ、
生きて
光っているだけで、あとの四ひきは、
死んでいました。
勇ちゃんは
顔の
赤い
色が
失せてしまった、
死んだほたるを
見て
悲しくなりました。そして、
残ったほたるのために
新しい
草を
代えてやりました。
日中は
暑かったので、
草の
蔭へ
入れてやりました。
晩方になると、その一ぴきもだいぶ
弱っていたのです。
「やはりほたるは、だめなのかなあ。」と、
勇ちゃんは
思いました。
生き
残った一ぴきをどうしたらいいかとお
母さんに
相談しました。
「
池のほとりへ
放しておやり。」
「お
母さん、それがいいですね。」
勇ちゃんは、ほたるをかごから
出して、
池のあたりの
草の
葉に
止めてやりました。ほたるは、いまさらのように
大きな
強い
光を
出しました。ちょうど
遠くの
清らかな
空に
光る、お
星さまのようでした。このとき、それはじつに
意外のでき
事でした。
ぱくりと
音がしたかと
思うと、やみの
裡から
出たかえるが、そのほたるを
一のみにしてしまったのです。
勇ちゃんは、しばらく、
悲しさも、
腹立たしさも
忘れてしまいました。
「
僕が、へびをなぐったのは、まちがっていたろうか?」と、いまさら
自然に
存するおきてというものが
悟られたような
気がしたのでした。
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