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少年の日の悲哀(1)
日期:2022-11-07 23:50  点击:343

少年の日の悲哀

小川未明

一


三郎さぶろうはどこからか、一ぴきのかわいらしい小犬こいぬをもらってきました。そして、その小犬こいぬをかわいがっていました。彼かれはそれにボンという名なをつけて、ボン、ボンと呼よびました。
ボンは人馴ひとなれたやさしい犬いぬで、主人しゅじんの三郎さぶろうにはもとよりよくなつきましたが、まただれでも呼よぶ人ひとがあれば、その人ひとになついたのです。だから、みんなにかわいがられていました。三郎さぶろうは朝あさ早はやく起おきてボンを連つれて、空気くうきの新鮮しんせんなうちに外そとを散歩さんぽするのを楽たのしみとしていました。また、小川おがわに連つれていって、ボンを水みずの中なかに入いれて毛けを洗あらってやったりして、ボンを喜よろこばせるのをも楽たのしみの一つとしているのです。
三郎さぶろうは、独ひとり犬いぬばかりでない猫ねこもかわいがりました。また、小鳥ことりや、金魚きんぎょなどをもかわいがりました。なんでも小ちいさな、自分じぶんより弱よわい動物どうぶつを愛あいしたのであります。
三郎さぶろうの隣となりに、おばあさんが住すんでいました。そのおばあさんは、一ぴきの猫ねこを飼かっていました。その猫ねこは、よく三郎さぶろうの家うちへ遊あそびにきました。くると三郎さぶろうは、その猫ねこを抱だいて、顔かおを付つけたり、頭あたまをなでたりしてかわいがってやりました。猫ねこはよくやってきて、三郎さぶろうが大事だいじにしておいた金魚きんぎょを殺ころしたり、またお勝手かってにあった魚さかなを取とったりしたことが、たびたびありました。けれど、三郎さぶろうは猫ねこをいじめたことがありませんでした。それは猫ねこの性質せいしつだから、しかたがないと思おもったのです。
けれど、そのおばあさんは、いじの悪わるいおばあさんでした。ボンがお勝手かってもとへゆくと、なんにもしないのに水みずをかけたり、手てでぶつまねをしたり、あるときは小石こいしを拾ひろって投なげつけたりしました。そして、夜よが明あけると、ばあさんは勝手かってもとの戸とを開あけて、外そとに出でると、
「ほんとうにしかたのない犬いぬだ。こんなところに糞ふんをして、あんな犬いぬってありゃしない。」
と大おおきな声こえで、さもこちらに聞きこえるようにどなるのであります。
ほんとうにこのおばあさんは、自分じぶんかってなおばあさんでした。自分じぶんの家うちの猫ねこが、近所きんじょの家うちへいって魚さかなをくわえてきたのを見みても知しらぬ顔かおをしていました。そんなときは、
「こう、こう、こう、みいや、家うちへ入はいっておいで。」
といって、猫ねこを家うちの中なかへ入いれて、戸とを閉しめてしまいます。
三郎さぶろうは、かわいがっているボンが、ばあさんのために小石こいしを投なげられたり水みずを頭あたまからかけられたりしてきますと、今度こんど、ばあさん家とこの猫ねこがきたら、うんといじめてやろうと思おもいました。しかし、猫ねこがやってきますと、いつも三郎さぶろうがその猫ねこをかわいがっているものですから、すこしもおそれず、すぐに三郎さぶろうのそばに、なきながらすりよってくるのでした。これを見みると、もう三郎さぶろうは、その猫ねこをいじめるというような考かんがえがまったくなくなってしまいました。そして、猫ねこの頭あたまをなでて、いつものごとくかわいがってやったのであります。

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