二
ボンは、おとなしい
犬でありました。それにかかわらず、この
犬を
悪くいったのは、この
隣のいじの
悪いばあさん
一人ではなかったのであります。もう一
軒近所に、たいへんに
犬を
怖がる
子供のある
家がありました。ほかの
子供らは、みな
犬といっしょになって
遊んでいましたのに、その
子供だけは、どういうものか
臆病者で、
犬を
見ると
怖がっていたのです。そして、ボンが
尾を
振りながら、なつかしそうにその
子供のそばへゆきますと、
子供は
犬の
頭をなでてかわいがろうとせずに、
火のつくように
泣きたって
家へ
駆けこむのでありました。
「どうしたんだ。」
と、びっくりしてその
子供の
母親が
家から
飛び
出してきます。すると
子供は
泣きじゃくりをしながら、
「
犬が
追っかけたんだ。」
といいます。
母親はこれを
聞いて、
「ほんとうに
悪い
犬だ。あっちへゆけ。」
といって、おとなしくしているボンを
棒でなぐったり、また、ものをぶつけるまねなどをして
追うのです。
「おばさん、
犬はなにもしないんですよ。」
と、
三郎はじめ
他の
子供がいいましても、その
子供の
母親は
耳に
入れません。なんでも
犬を
悪いことにしてしまって、ボンを
見るといじめたのであります。
ボンは
隣のばあさんと、その
弱虫の
子供の
母親から、さんざん
悪くいわれました。
「
三郎や、あんなに、ご
近所でやかましくおっしゃるのだから、ボンを、だれかほしいという
人があったら、やったらどうだい。」
と、
姉や
祖母が、
三郎にいいました。
三郎はそこで
考えました。しかしどう
考えてみましても、ボンにすこしの
悪いとこところがありませんものを、そして
自分がこんなにかわいがっていますものを、ほかにやらなければならぬという
理由がないと
思いました。
「だって
犬がなんにもしないのに、
犬をしかる
道理がない。これは
人間のほうが、かえって
悪いのじゃありませんか。
僕はいくら
近所でやかましくいったって、
犬が
悪くないのだから、ほかへやるのはかわいそうでなりません。もしほかへやったら、どんなに
悲しがって
泣くかしれません。」
と、
三郎は、
姉や
祖母にいいました。
隣のばあさんは、
犬をしかりながら、
自分の
家の
猫はひじょうにかわいがっていました。もし
夜中に
外で、
猫が
猫とけんかでもしていますと、ばあさんは
起きて
出て、
物干しざおを
持ってきて、
猫がけんかをして
鳴いているほうへゆきました。そして、
自分の
家の
猫に
向かっているほかの
猫を
突いたりなぐったりしたのです。
あまりばあさんが
自分かってのものですから、
三郎はある
日のこと、
隣の
猫をしばらくの
間隠してやりました。するとばあさんは、きちがいのようになって
猫を
探して
歩きました。
「チョ、チョ、チョ、みいや。こう、こう、みいや、みいや……。」
とわめきながら、
四辺を
歩きまわりました。そして、しまいには一
軒一
軒、よその
家を
訪れて、
「
家の
猫はきていませんでしょうか。」
と、
聞いて
歩きました。
三郎は、あまりばあさんが
気をもんでいるのを
見て、はじめはおもしろうございましたが、しまいには
不憫になって、ついに
猫を
放してやりますと、ばあさんは
飛びたつばかりに
猫を
抱きあげて
喜んでいました。
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