三
ある
日の
朝、
三郎は
起きて
外に
出ますと、いつも
喜んで
駆け
寄ってくるボンが
見えませんでした。
彼は
不思議に
思って
口笛を
鳴らしてみました。けれど、どこからもボンの
走ってくる
姿を
見いださなかったのであります。
「ボンはどこへいったろう。」
と
思って、
三郎は
口にボンの
名を
呼びながら、あっちこっちと
探して
歩きました。けれど、ついにその
影・
形を
見なかったのです。
三郎は
隣のばあさんが、いつか
猫が
見えなかったときに、きちがいのようになって
探して
歩いたのを
思い
出して、あのときは
猫を
隠して
悪いことをしたと
後悔いたしました。
ちょうどそこへ、
隣のばあさんがきかかりまして、
「こんなに
早く、なにをしておいでだい。」
と、ばあさんは
聞きました。
「ボンが
見えなくなったので
探しています。」
と、
三郎がいいますと、ばあさんは、さもうれしそうな
顔つきをして、
「そうかい。もう、
家の
勝手口に
糞をしなくて、それはいいあんばいだ。」
と、
独り
言をしてゆきすぎました。また
弱虫の
子供の
母親は、ボンがいなくなったと
聞いて、
家の
外に
出て、いい
気味だといわぬばかりに
笑っていました。
三郎は
悔しくてしかたがありませんでした。しかし、いくらほうぼうを
探しても、ボンはいなかったのであります。
彼は、いまごろボンは、どこにどうしているだろうと
思いました。だれに
連れられていったものか、また
路を
迷ったものか、あるいは
縛られていようか、ほかの
子供や、
大きな
犬にいじめられていようか、と、いろいろのことを
考えて、その
夜は
眠られなかったのであります。そして、
幾日か
過ぎました。その
間、
三郎は一
日としてボンのことを
忘れた
日はなかったのです。
それから、またしばらくたったある
日のことでありました。
三郎が
我が
家から
程隔たったところを
歩いていますと、ある
大きな
屋敷がありまして、その
門の
前を
通りますと、
門の
中で
子供らと
犬とが
遊んでいました。
三郎はふとのぞきますと、なんで
自分が一
日も
忘れなかったほどにかわいがっていたボンを
忘れることがありましょう。まさしくその
犬はボンでありました。どうして、こんなところにきたろうと
不審に
思いながら、よく
見ていますと、
子供らは、たいへんにこの
犬をかわいがっていました。
三郎は、しばらく
立ってこのようすを
見ていましたが、ボンは、いまだ
三郎を
見つけませんでした。そこで
三郎は
口笛を
鳴らしました。すると
犬は、この
口笛を
聞きつけて、
急に
飛び
上がってこっちへ
駆けてきました。そして
喜んでクンクン
泣いて
三郎にすがりつきました。
三郎はまたうれしさのあまり、
犬を
抱き
上げて
犬の
毛の
中に
頬をうずめました。
門の
中の
子供らは、たいそうこの
有り
様を
見て
驚きました。そして、
犬の
後を
追って
門のところまで
出てきてみますと、もはや
犬が
外をもふり
向かずに
三郎についてあっちへゆきかけますので、
中にも
一人の
子供は、しくしく
声をたって
泣き
出しました。
「
君、その
犬をつれていってはいけない。」
と、その
中の
一人が、
三郎に
向かっていいました。
「これは
僕のかわいがっていたボンだよ。
十日ばかり
前に
見えなくなったのだ。いま、
見つけたから、つれて
帰るんだよ。」
と、
三郎は
答えました。
「ああ、そんなら
君のところの
犬だったのかい。
十日ばかり
前に、
牛乳屋がいい
犬を
拾ってきたといってくれたのだよ。そんなら、それは
君の
家のだかい……。」
といって、
子供らは
残念そうにして
立っていました。
中にも
一人の
子供はやはり
泣いていました。
このようすを
見ますと、
三郎は
子供らがかわいそうに
思われました。あんなに
犬を
大事にしてかわいがってくれるなら、いっそのこと、この
犬を
子供らにあたえようかという
考えが
起こったのです。そして、ふたたび
自分の
家へつれて
帰ると、
隣のいじ
悪いばあさんがまた
犬をしかるばかりでなく、あの
弱虫の
子供の
母親までが
犬をいじめると
思いました。いっそ
犬を
子供らにあたえたほうが、かえって
犬のしあわせになるかもしれないと
思いましたので、
「
君らが
犬をかわいがってくれるなら、この
犬を
君らにあげよう。」
と、
三郎はいいました。
「ああ、
僕らは、ほんとうにかわいがるから、どうかこの
犬をおくれよ。」
といって、
子供らは
意外なのに、
驚かんばかりに
喜びました。そして
三郎から、その
犬をもらいました。
独り
三郎は、なごり
惜しそうにしてさびしく、
一人で
我が
家の
方へ
帰っていったのであります。
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