この国 の人々 は、寒 い、寒 い、北 の国 にすんでいる白 いくまをひじょうに珍 しがりました。いったこともない、想 っても、ほとんど想像 されない北極 に近 い世界 を考 えることは、なんとなく神秘的 であり、また、うっとりとさせられるからでした。
「くまや、おまえは、そんな遠 い、寒 い国 で生 まれたのかい。親 もあり、兄弟 もあったのだろう。どうして、人間 などに捕 らえられて、こんなところへきたのか?」と、見物 の中 にはこんなことをいった学校 の生徒 もありました。
月日 はたって、はじめは、子 ぐまであったのが、だんだん年 を取 りました。その間 に、白 いくまは、芸 というほどのことでもないが、見物 に向 かって、頭 を下 げたり、体 を左右 に揺 すってみせるようなことを覚 えました。体 を左右 に揺 するのは、うれしい感 じを表 すことであり、頭 を上下 に動 かすのは、なにか食 べるものを欲 しいという心 を示 すものだということは、見物 にもわかったのであります。
「くまが、あんなに、頭 を下 げているから、チョコレートをやりましょう。」といって、見物 していた女 の人 は、日 がさをかしげてオペラバッグを開 きながらいいました。
この国 は、ココアや、コーヒーの産地 でありましたから、チョコレートのおいしいのが、またたくさんありました。くまは、チョコレートが大好 きでした。
動物園 の白 いくまが、チョコレートが大好 きだということが、みんなに知 れわたりましたから、見物 にくる女 の人 や、子供 たちが、くまにチョコレートを持 ってきてやりましたので、あんまり食 べ過 ぎて、くまは夜 も眠 れなかったことがあります。
しかし、くまも、いつしかすっかり、この国 の生活 に慣 れてしまいました。そして、いまではあまり生 まれた国 のことなどを思 い出 さなくなったようです。境遇 というものは、しぜんにその性質 までも変 えてしまうのでした。
子供 の時分 に、この熱 い国 の動物園 に連 れられてきた白 いくまは、もう年 をとってしまいました。
ある日 のこと、やしの樹 の木蔭 で、青 い着物 をきて、白 い布 を頭 に巻 いた係 の男 が、大 きなパイプで、いい香気 のするたばこをすぱすぱと吸 って、石 に腰 をかけて、考 え顔 をしていました。
そこへ、一人 の紳士 が、令嬢 をつれて通 りかかりました。この紳士 は日 ごろから、この動物園 の男 を知 っているとみえまして、にっこりと笑 って、顔 を見合 わせると、
「このごろ、しろくまはおとなしくなりましたね。」といいました。
パイプをくわえていた男 は、青 い煙 を吹 きながら、
「いまも、しろくまのことを、私 は、考 えていたのです。このごろは、あんまり水 の中 へも、たくさんは飛 び込 まないし、暴 れまわったということもありません。まったくおとなしくなりましたよ。それは、まことにけっこうなことなんですが、困 りましたのは、あんまりチョコレートを食 べたもので、歯 がすっかり、もうだめになってしまったんです。」と、男 は、答 えたのです。
紳士 と令嬢 は、思 わず笑 いました。
「じゃ、人間 にかみつく心配 がなくていいじゃないか?」と、紳士 はいいました。
パイプをくわえた男 も、からからと笑 いました。
「まったく、そうです。あんな鉄格子 のおりに入 れておく必要 はありませんね。」といいました。
チョコレートを食 べたために、歯 がなくなってしまったしろくまの話 が新聞 に出 ると、いままでよりいっそうこの無邪気 なくまの人気 が募 ったのであります。毎日 動物園 へ見物人 が押 し寄 せてまいりました。白 いくまは、いままでよりか、もっとにぎやかになったのを喜 びました。そして、みんなの方 を向 いて、頭 を上下 に振 ったり、体 を左右 に揺 すったりしました。「チョコレートをやってはなりません」と、札 が立 てられたにかかわらず、あいかわらずオペラバッグから、女 たちはチョコレートを出 して、投 げてやりました。
歯 のなくなったくまを、いつまでもおりの中 へいれておく必要 がないという説 も出 ました。動物園 では、立 て札 に書 いてあるような、猛獣 の性質 がなくなってしまうと、この白 いくまの処分 に困 りました。このことを、あるりこうな香具師 が聞 き込 みました。彼 は、あまり金 を出 さないで、白 いくまを手 にいれたのであります。
香具師 は、白 いくまを長 く、その内 にいれてあったおりからつれ出 して、動物園 を去 りました。足 のつめは切 り、危 ないような歯 はみんな取 ってしまって、白 いくまを自由 にさせてやりました。くまは、これを苦痛 と思 うどころでなく、広々 とした世界 へ出 られたのを喜 びました。もう、このごろは、生 まれた国 の夢 も見 ることがなければ、氷 の上 を駆 けて遊 んだ子供 の時分 のことも忘 れてしまって、オペラバッグを見 るとチョコレートを投 げてくれないかと、目 を細 くしているのであります。
香具師 は、白 いくまに、紅 い日 がさを差 して踊 ることなどを教 え込 みました。白 いくまは、物覚 えのいいほうではなかったけれど、後足 で立 ち上 がることや、ダンスのまねなどをするようになりました。
この南 の国 の熱 い午後 のこと、町 のはずれの広場 でいろいろと手品 や、唄 や、踊 りなどをしてみせている興行物 がありました。その中 には、この白 いくまのダンスも混 じっていました。くろんぼが笛 や、らっぱを吹 き、鉦 などをたたくと、白 いくまが、赤 と緑 のまじった布 を腹 に巻 いて紅 い日 がさを差 しながらダンスをはじめたのです。このとき、みんなは、手 をたたいてはやしました。
「あれが、チョコレートで歯 をなくしてしまった、動物園 にいたしろくまだよ。」と、子供 たちはいいました。
香具師 は、広場 に、響 きわたるような声 で、
「これは、北極 の方 に生 まれたしろくまです。かわいそうに、こんなに遠 いところへきていますが、また、みなさまにひどくかわいがられてしあわせ者 です。動物園 から出 されたとき、生 まれた国 へ帰 してやろうと思 いましたが、くまのいうのに、こんなに年 を取 って、歯 がなくなって、国 へ帰 るより、やはりみなさまにかわいがられて、チョコレートをもらって食 べているほうがいいというのです。……どうぞ芸 は、未熟 ですが、遠 いところからきていると思 ってかわいがってやってください。」といいました。
この熱 い国 から、世界 のいたるところへ、はるばる輸出 されるココアの罐 や、チョコレートのブリキ製 の箱 の上 に、くまが日 がさをさして、やしの木 のある野原 で踊 っている絵 があります。
北極 の方 近 くまでそれはゆくであろうが、これは、このしろくまを描 いたものです。
☆香具師 ――縁日 や祭 りなどで、見 せ物 などを興業 する人 や、品物 を売 る人 。
「くまや、おまえは、そんな
「くまが、あんなに、
この
しかし、くまも、いつしかすっかり、この
ある
そこへ、
「このごろ、しろくまはおとなしくなりましたね。」といいました。
パイプをくわえていた
「いまも、しろくまのことを、
「じゃ、
パイプをくわえた
「まったく、そうです。あんな
チョコレートを
この
「あれが、チョコレートで
「これは、
この
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