白すみれとしいの木
日期:2022-11-14 00:06 点击:250
白すみれとしいの木
小川未明
一
北の
方のある
村に、
仲のよくない
兄弟がありました。
父親の
死んだ
後は
兄は
弟をば、むごたらしいまでに、いじめました。
弟は、どちらかといえば、
気のきかない、おんぼりとした
質で、
学校へ
行っても、あまり
物事をよく
覚えませんでした。だから、
兄は
弟をば、つねにばか
者扱いにしていたのであります。
弟は
気がやさしくて、けっして
兄に
対して
手向かいなどをしたことがありません。いつも
兄にいじめられて、しくしく
泣いていました。
冬の、ある
寒い
寒い
晩のこと、
格別弟が
悪いことをしたのではないのに、
兄は
弟をいじめました。
「おまえみたいなばかは、こんな
寒い
晩に
外に
立っているがいい。そして、
凍え
死んだって、
俺はおまえをかわいそうとは
思わないぞ。」と、
兄はののしりました。
弟は、どうかそんなことはいわずに、
家の
中に
置いてくれいと
頼みますのを、
兄は
無理に
弟を
戸の
外に
出して、かぎをかけてしまいました。
家の
外は、
野にも
山にも
雪が
積もっていました。その
晩は、めったにない
寒さであって、
空は
青ガラスを
張ったようにさえて、
星晴れがしていました。また、
皎々とした
月が
下界を
照らしていました。
弟は、
雪の
上に
茫然としていますと、
目から
流れ
出る
涙までが
凍ってしまうほどでありました。
弟は、こんな
不運なくらいなら、いっそ
河にでも
入って
死んでしまったほうがいいと
思いました。
いつのまにか、
寒さのために
雪の
上は
堅く
凍っていました。それは
鋼鉄のように、
飛び
上がってもカンカンと
響くばかりで、
埋まることはありませんでした。
弟は
雪の
上を
渡って、
河のある
方へいきました。すると、
河の
水もまた
鋼鉄のように
凍っていたのであります。
身を
投げて
死のうにも、
水がないし、どうしたらいいだろうと
思って、
途方に
暮れていますと、はるかかなたに、きばのようにとがった
高い
山が、
月に
照らされて
見えるのでありました。
昔から、あの
山の
下には、
鬼が
住んでいるといわれていました。
二
弟は、どうせ
死ぬなら、いっそ
鬼にでも
食われて
死んでしまったほうがいいと
思いました。それにしても、
何十
里あるかわかりませんでした。
月光に
照らされている、その
遠い
山影を
望みますと、もし
雪を
渡ってまっすぐにいくことができたならそんなに
遠くもないだろう。
駆けて、
駆けていったら、
今夜の
中にもいかれないことはないと
思われました。
弟は、そう
思うと、
雪の
上をひた
走りに
走りはじめたのです。
河も
野もどこも
平坦な
白い
畳を
敷き
詰めたようでありましたから、どんな
近道もできるのでありました。
彼は、
駆けて、
駆けて、
駆けぬきました。そして
疲れると、
体から
汗が
出て、これほどの
寒さもそんなに
寒いとは
思いませんでした。
彼は、ところどころ
休みました。そして
行く
手にそびえて
見える
高い
山を
仰ぎました。
月の
光が、かすかにその
山を
浮き
出しているのでした。
弟は、ほとんど
自分でも、どうしてこうよく
走れるかわからないほど
走りました。そして、どこをどう
走ってきたかわかりませんでした。
夜明けごろでありました。
赤い
火の
球が
自分の
前になって、
雪の
上をころころと
転げていきました。
彼は、これはなんだろうと
思いました。きっと
魔物にちがいない。けれどもう
自分の
命を
惜しいと
思いませんから、それをつかまえようといっしょうけんめいに
跡を
追いました。すると
火の
球は、ころころと
谷底に
転がり
落ちました。
彼も、
火の
球について
谷へ
下りようとしますと、もはや
夜が
明けていました。そして、そこは
路もないまったく
山中で、あのきばのように
高い
山は、まだ
遠くなって
見えたのであります。
どうしたらいいかと
思って、まごまごしていますと、その
中に
日の
光がさしてきました。
雪はしだいに
軟らかくなって、
弟は、もう一
歩も
身動きすることができなくなりました。
ちょうどそこへ、
薪を
負ったおじいさんが
通りかかりました。そして
弟を
見つけて、こんなところに
少年がいたのでびっくりいたしました。
三
おじいさんは、この
山中にただ
一人住んでいる
不思議な
人間でありました。
弟は、おじいさんの
小屋につれられてまいりました。
「こんな
山中だけれど、なに
不自由はない。
長くここに
住めば、
春、
夏、
秋、
冬、いろいろの
美しいながめもあれば、
楽しみもある。おまえはいいと
思ったら、いつまでも
住むがいい。」と、おじいさんはいいました。ふもとには、
温泉もわいていたのであります。
そのうち
雪が
消えて
春になりました。
弟は、
故郷が
恋しくなりました。いまごろ
兄さんはどうしていなさるだろうかと
思いました。そのことをおじいさんにいいました。するとおじいさんは、
木の
実と
草の
種子を
弟に
与えました。
「この
草の
種子は、
白すみれだ。おまえが、この
種子をまきながらいけば、またここへ
帰ってくるような
時分に
白い
花が
咲いているので
路がわかる。この
木の
実は、おまえが
腹が
減ったときに
食べるしいの
実だ。」といいました。
弟は、
最初、この
山へくるときには、
雪の
上を
渡って一
夜にきましたけれど、
雪が
消えてからは、
森や、
林や、
河があって、
五日も
六日も
歩かなければ、
自分の
生まれた
村に
帰ることができませんでした。
彼は、
木の
実と
草の
種子をもらって、
出発したのであります。そしてある
日の
暮れ
方、
彼は、ようやく
懐かしい
我が
家へ
帰ったのであります。
「
兄さん、ただいま
帰りました。」と、
弟はいって、
敷居をまたぐと、なにかしていた
兄は、びっくりして
振り
向いて、
「おまえは、まだ
死ななかったのか。もうおまえみたいなばかには
用事がないから、さっさと
出ていけ。」といって、
弟は、
取りつく
島がなかったのです。
「
自分の
真心がいつか、
兄さんにわかるときがあろう。」と、
弟は、
一粒のしいの
実を
裏庭に
埋めて、どこへとなく
立ち
去りました。
兄は、その
後白すみれの
花を
見て、いじらしい
花だと
思いました。そして、
弟の
姿を
思い
出しました。また、しいの
木に
風の
当たるのを
聞いて、
悲しいと
思い、
弟をいじめたことを
後悔したそうです。
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