こう考 えるのは、当然 のことでした。しかし若 いものは、元気 よく見 られました。男 も、女 も、なんの屈託 もなさそうな顔 つきをしています。むしろ、たまには、これくらいの苦 しい経験 をするほうが身 の薬 だと喜 ぶようにさえいきいきとしていました。なかにも小 さな子供 たちは、世 の中 がたちまち変 わったような気 がして、はだしで飛 び出 して、ざぶざぶと小川 となった往来 をふみわけていました。
「いつも、こんなように、ここへ川 が流 れているといいんだね。」
また一人 の子 は、赤 い糸 を濁 った水 の中 に流 して、炎 のごとく、へびのように、ちらちらするのをおもしろがって見 ていました。ふだんなら、ここを自転車 や、自動車 が通 って、夢 にもこんな遊 びがされるとは思 われなかったのです。まったく台風 のおかげでした。なんでも新 しく、珍 しく、元気 のいいことが、子供 にとってうれしかったのでした。
夕刻 のラジオは、いよいよ夜 になると、風速 三十メートルに達 するであろうというのです。
「兄 さん、いま原 っぱに建 てかけている家 が、飛 ぶかもしれないね。」
源吉 は、風 の音 をききながら、新聞 を見 ていた兄 に話 しかけました。
「そんな家 は飛 んでしまうだろう。この家 の屋根 だって飛 ぶかもしれないぞ。」
「風速 三十メートルって、どんなかな。」
「白瀬大尉 や、アムンゼンや、シャツルトンらの探検 した南極 や、北極 には、いつも三十メートル以上 の暴風 が吹 いているそうだ。その氷原 へ探検隊 は、自分 たちの国旗 をたてたんだ。すると旗 が、すぐにちぎれたというから、それだけでも風 の烈 しさがわかるのだ。」
オーロラの怪光 が彩 る北極 、ペンギン鳥 のいる南極 、そこは、ふだん人間 の住 む影 を見 ない。ただ真 っ白 な荒寥 とした鉛色 に光 る氷 の波濤 が起伏 していて昼夜 の区別 なく、春夏秋冬 なく、ひっきりなしに暴風 の吹 いている光景 が目 に浮 かぶのでした。
「生 きているのは、台風 だけでない。この世界 が生 きているのだ!」と、源吉 は、心 で叫 びました。
果 たして、真夜中 のこと、ぶつかる風 のために、家 がぐらぐらと地震 のように揺 れるのでした。風 は東南 から、吹 きつけるのでした。電燈 は二、三度 明滅 したが、線 が切断 されたとみえて、まったく消 えてしまった。裏 の大 きな桜 と、かしの木 のほえる音 が、闇 のうちで死 にもの狂 いに戦 っている獣 のうなり声 を想像 させました。
「いま台風 は、僕 の家 の上 を通 りかけるのだ。龍夫 くんがくるだろう。」
源吉 は、風 の比較的 当 たらない、北窓 の戸 を開 けて空 を仰 ぐと、地球 が動 くように、黒雲 がぐんぐんと流 れている。けれど、またところどころに雲切 れがしていて、そこからは、ほの白 く光 がもれるのでありました。
「龍夫 ちゃん!」
源吉 は、出 るだけの声 を張 りあげて叫 んだ。その声 も、暴風 に消 されて、ほかの人間 の耳 には入 らなかった。そして、窓 から差 し出 した紙 の旗 は、たちまち雨 に破 り飛 ばされて、竹 の棒 だけが手 に残 ったのでした。
「きっと龍夫 ちゃんが、持 っていったんだ。」
そう思 うと、不思議 や暗 い空 に大 きな穴 が開 いて、星 の光 が、幾 つか、ダイヤモンドのごとくかがやきました。
「龍夫 ちゃん。」
もう一度 、彼 は、星 に向 かって叫 んだのでした。
風 ばかりでなく、星 も、雲 も、ことごとく生 きていました。そして、ひとすじの細 い光線 が、空 から胸 へ突 きさしたごとく感 じて、真心 さえあれば、龍夫 が死 んだお父 さんにあえたであろうように、源吉 はいつでも台風 の日 には龍夫 にあえると信 じたのでした。
台風 の過 ぎた、翌日 の朝 の空色 は、いつもよりかもっと、もっときれいでした。源吉 は、茫然 と台風 の去 っていった跡 の、はるかの地平線 をながめていると、緑色 の空 から、龍夫 が、にっこりと笑 って、
「これから、僕 は、お父 さんと地球 を一周 して、さんご樹 のしげった南 の島 へ帰 るのだ。源 ちゃん、僕 たちの住 んでいる、南 の方 へ、君 もやっておいでよ。」
こういっているごとく、思 われたのでした。
「いつも、こんなように、ここへ
また
「
「そんな
「
「
オーロラの
「
「いま
「
「きっと
そう
「
もう一
「これから、
こういっているごとく、