二
いつからともなく、
善吉は、みんなから
離れて、
高い
木に
登って、ひとり、
広々とした
景色を
見て
楽しむことを
好むようになりました。ほかの
子供たちは、
善吉をさるとあだ
名づけたのです。
彼は、ぞうりを
草の
中に
隠して、
高い
木に
登りさえすれば、いっさい、うるさい
世の
中のことからはなれてしまえば、また、
耳に
聞くこともなかったのでした。たとえ、
母親が、いくら
自分の
名を
呼びながら
探しても、
見つかる
気遣いもなければ、だれだって、
自分の
姿を
探し
出すものはなかったのです。
「しっかり、
枝に
足をかけて、わき
見をしてはだめだ。そうだ、もう一
段、もう一
段……。」と、
太陽は、
大空から
声をかけてくれて、にこやかに
笑いながら、
善吉の
登るのを
見ていました。
「こんなに、よく
遠く
晴れているが、おまえには
海に
浮かんでいる
白帆の
影は、
見えなかろう……。」と、やさしい
風は、やわらかに
吹いて、
善吉のほおをなでてゆきました。やっと、しなしなしなう
頂まで
登って
顔を
出すと、
「おまえは、まるで
鳥のようだな。」と、
太陽は、
円い
顔で、あきれるように、
口を
開けていいました。
「その
枝は、あぶない。その
下の
枝に
足をかけて、この
枝にしっかりつかまっていればだいじょうぶだから。」と、
風は、しんせつに、
善吉に
注意してくれました。
彼は、いつまでも、こうして、ここで、
広々とした
景色をながめて、
空想にふけっていたかった。
脊中に
子供をおぶわされては、
飛びまわることもできず、
暗くなるまで
子守をするのは、いやであった。それをいやといえば、
母親にしかられる。「どこかへやってしまうぞ。おまえは、ほんとうは、
家の
子でない、
捨ててあったのをかわいそうに
思って、
拾ってきて
育てたのだ。」いつもこんなにいわれる。はたして、
自分は、
捨て
子だったろうか。ほんとうのお
母さんは、ほかにいるのだろうか?
木の
上で、
彼はいろんな
空想にふける。
☆
石竹色の
雲が、
鏡のような
北の
空に、あらわれたかと
思うと、それが
天使の
舞っている
姿となり、やがて、
小さくなって、
鳥のようになり、そして、
消えてしまった。
「お
母さん!」
善吉は、
目に、いっぱい
涙をためて、ほんとうのお
母さんを
呼んだのでした。いつも、
高い
木に
登って、
遠く
見るたびに、ほんとうのやさしいお
母さんが、どこか、
美しい
町に
住んでいて、やはり、
自分のことを
思っているような
気がしたのであります。
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