四
夕日が、
黄色く
林の
間を
彩って
沈みかけたころから、
烈しい
風となりました。ちょうど、このとき、
地主のおじいさんは、かんかんに
怒って、あちらからやってきました。
「だれだ! からすの
子を
捕ったものは?
親がらすがきちがいになって
鳴いているので、
家にいられたものでない。」
善吉の
家のそばで、
子供らは、からすの
子をおもちゃにして
遊んでいました。ちょうど、そこへおじいさんは、やってきたのです。
近所の
人たちは、
何事が
起こったのかと
思って、
外に
出てみました。すると、
日ごろやかましい、がんこな、
地主のおじいさんが、
怒っているので、みんな
小さくなって、
息を
殺して、ながめていました。
善吉の
母親も、
自分の
子供が、いたずらをしたためしかられるのを、
人の
蔭になって
見ていました。
「だれが、
垣根などを
破って、
内へはいったのだ。」と、おじいさんは、
目をみはりました。
「おらでない。」
「
善ちゃんだ。」
「だれが、
木などに
登って、からすの
子を
捕ったりしたのだ。」
「おらでないぞ。」
「
善ちゃん……。」
子供たちは、
口々に、おれでないといいはりました。そして、
善吉であることを
告げ
口したのです。
善吉は、
下を
向いて、
顔を
赤くしていたが、
心の
中で、
友だちの
卑怯なのを
憎んでいました。
自分に
捕れといったのは、おまえたちではないか。そして、みんなで、
遊んでいたのでないか。それを、しかられるときには、おれにだけ
罪をきせようとする、なんという
頼みにならないやつだろう、と
思っていました。
「おまえか、からすの
子を
捕ったのは?」
地主のおじいさんは、
怖ろしい
顔をして、
善吉をにらみました。
「はい。」と、
善吉が、
正直にうなずいた。
「その
子供を
巣の
中へ
返してくるだ! あのとおり、
親がらすが
鳴いている。」と、おじいさんは、
善吉に
命じました。
林は、
風のために
波立っていました。からすは
火の
子の
飛ぶように、
空に
黒く、
鳴きさわいでいました。そして、
日は、だんだんと
暮れかかっていたのです。
善吉は、からすの
子を
抱いて、
地主の
後についてゆきました。
ふいに、
善吉の
母親が、
飛び
出した。
「だんなさん、からすの
子が
大事か、
人間の
子が
大事か。この
大風に、あなたはあの
高い
木へ
登らせなさる
気なのですか……。」
平常は、ものをいうのもはばかる
地主に
向かって、
母親は
大きな
声で
叫びました。
近所の
人々はじめ、
善吉まで、びっくりして、
母親の
顔を
見つめた。
「
登らせるもないものだ。
親のしつけが
悪いから、こんないたずらをするのだ。」
「だんなさん、そこは、
子供です……。」
善吉は、もうだまっていられなかった。
「おっかあ、おれが
悪かった。からすの
子、
巣にもどしてくる。なに、だいじょうぶだ。
落ちるもんか。」
こういうと、
善吉は、
駆け
出しました。そして、するすると
高い
木に
登って、
巣の
中へ、
子がらすをもとのとおりにいれて
降りました。
彼は、ほんとうの
母であればこそ、この
場合、だれでも
怖ろしがる、
地主に
向かって、
自分のためにいい
争ってくれたのだ。それだのに、
自分は、しかられるたびに、
母を
疑い、またうらんだことをもったいなく
思いました。それからは、
善吉は、
学校から
帰って、
自分からすすんで、
弟を
守りし、また
親の
手助けをしたのであります。
――一九二九・三――
☆石竹色──石竹の花の色。うすい紅色。ピンク。
分享到: