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谷にうたう女(2)
日期:2022-11-19 07:26  点击:266
 
くりののこずえで、うみほうながら、うたをうたっていたも、いつかちてちてしまえば、むらたおかよは、もう二ねんもたって、すっかりみやこのふうにそまったころです。
あるおかよは、おじょうさまのおへやへはいると、ストーブのえて、フリージアのはなかおり、そのうちは、さながらはるのようでした。そして、蓄音機ちくおんきは、しずかに、りひびいていました。しばらく、うっとりとして、彼女かのじょはおじょうさまのそばで、そのおとにききとれていると、まえ広々ひろびろとしたうみひらけ、緑色みどりいろなみがうねり、白馬はくばは、しまそらをめがけてんでいる、なごやかな景色けしきかんでえたのであります。
じょうさまは、まどのところへあゆると、はるかに建物たてものあたまをきれいにならべているまちほうをごらんになりました。そして、自分じぶんでも、そのうたの一せつくちずさみなさいました。
「ねえ、おかよや、おまえ、この子守唄こもりうたをきいたことがあって?」といって、はこなかから一まいのレコードをいて、ばんにかけながら、
わたしは、このうたをきくとかなしくなるの、東京とうきょうまれて、田舎いなか景色けしきらないけれど、白壁しらかべのおくらえて、あおうめのなっているはやしに、しめっぽい五がつかぜく、景色けしきるようながするのよ。」といわれました。
やがて、蓄音機ちくおんきのうたいしたのは、
「ねんねん、ころころ、ねんねしな。
ぼうやは、いいだ、ねんねしな。
…………」
という、子守唄こもりうたでありました。
おかよはなみだをうかべて、きいていました。あわれな、子供こどもうしなってくるった、おきぬのことをおもしたからです。
「どう? あんたがくくらいだから、やはりいいんだわ。この声楽家せいがくかは、有名ゆうめいかたなのよ。」
「いえ、おじょうさま、どうか、今年ことしなつわたしまれたむらへいらしてください。たににはべにゆりがいていますし、あのかなしい子守唄こもりうたをおきかせしたいのでございますから。」
おかよはあわれなおきぬのはなしをしてきかせたのでした。
都会とかいで、はなやかな生活せいかつおくっていらっしゃるおじょうさまは、たかまどからかなたのそらをながめて、とおい、らぬうみこうの国々くにぐにのことなどを、さまざまに想像そうぞうして、かなしんだり、あこがれたりしていられたのですが、いま、おかよのはなしをきくと、このところへは、ほんとうにいってみるになりました。あさ汽車きしゃまかせればそのうちにもおかよのむらくのだから。
また、月日つきひは、足音あしおとをたてずに、とっととぎてしまいました。
地球ちきゅううえは、やわらかなかぜみどりおおわれています。うぐいすははやしいて、がけのうえには、らんのはなかおっていました。
くるったおきぬは、その、すこしおちついたけれど、もうこのむらにはようのないひととされて、やま一つした、あちらの漁村ぎょそん実家じっかかえってしまったそうです。
「おじょうさま、せっかくおつれもうして、あのおんなのうたう子守唄こもりうたをおきかせすることができません。」と、おかよは、なげきました。それをききたいばかりに、わざわざここまで旅行たびをしたおじょうさまの失望しつぼうおもったからです。
しかし、おじょうさまは、みやこにいらしたときのように、ここへきてもわらっていらっしゃいました。
「だけど、いいわ。ここへやってきたかいがあってよ。やまたにも、わたしが、ゆめたよりかうつくしいんですもの。」
このとき、たにくうぐいすのこえが、かすかにきこえてきました。そして、がけのうえでは、らんのはないて、今朝けさから、金色こんじきはねかがやかしながら、ちいさなはちが、いくたびもそのまわりをんでいたのでした。
「まだ、あちらのやまには、ゆきひかっていること。」と、おかよが、ぼんやりと、そのほうとれていたときでした。
「ねんねん、ころころ、ねんねしな――。」
彼女かのじょは、たちまちたにこる、ききおぼえのある、おきぬのこえをきいたので、びっくりしたのです。
しかし、それは、そうでなかった。なにかうつくしいはなつけてくさのしげった、ほそみちりていった、おじょうさまが、たからかにうたったうたこえだったのであります。

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