くりの
木のこずえで、
海の
方を
見ながら、
歌をうたっていた
枯れ
葉も、いつか
地に
落ちて
朽ちてしまえば、
村を
出たおかよは、もう二
年もたって、すっかり
都のふうにそまったころです。
ある
日おかよは、お
嬢さまのおへやへ
入ると、ストーブの
火が
燃えて、フリージアの
花が
香り、そのうちは、さながら
春のようでした。そして、
蓄音機は、
静かに、
鳴りひびいていました。しばらく、うっとりとして、
彼女はお
嬢さまのそばで、その
音にききとれていると、
目の
前に
広々とした
海が
開け、
緑色の
波がうねり、
白馬は、
島の
空をめがけて
飛んでいる、なごやかな
景色が
浮かんで
見えたのであります。
お
嬢さまは、
窓のところへ
歩み
寄ると、はるかに
建物の
頭をきれいに
並べている
街の
方をごらんになりました。そして、
自分でも、その
歌の一
節を
口ずさみなさいました。
「ねえ、おかよや、おまえ、この
子守唄をきいたことがあって?」といって、
箱の
中から一
枚のレコードを
抜いて、
盤にかけながら、
「
私は、この
唄をきくと
悲しくなるの、
東京に
生まれて、
田舎の
景色を
知らないけれど、
白壁のお
倉が
見えて、
青い
梅の
実のなっている
林に、しめっぽい五
月の
風が
吹く、
景色を
見るような
気がするのよ。」といわれました。
やがて、
蓄音機のうたい
出したのは、
「ねんねん、ころころ、ねんねしな。
坊やは、いい子だ、ねんねしな。
…………」
という、
子守唄でありました。
おかよは
目に
涙をうかべて、きいていました。
哀れな、
子供を
失って
気の
狂った、おきぬのことを
思い
出したからです。
「どう? あんたが
泣くくらいだから、やはりいいんだわ。この
声楽家は、
有名な
方なのよ。」
「いえ、お
嬢さま、どうか、
今年の
夏、
私の
生まれた
村へいらしてください。
谷にはべにゆりが
咲いていますし、あの
悲しい
子守唄をおきかせしたいのでございますから。」
おかよは
哀れなおきぬの
話をしてきかせたのでした。
都会で、はなやかな
生活を
送っていらっしゃるお
嬢さまは、
高い
窓からかなたの
空をながめて、
遠い、
知らぬ
海の
向こうの
国々のことなどを、さまざまに
想像して、
悲しんだり、あこがれたりしていられたのですが、いま、おかよの
話をきくと、このところへは、ほんとうにいってみる
気になりました。
朝、
汽車に
身を
委せればその
日の
中にもおかよの
村へ
着くのだから。
また、
月日は、
足音をたてずに、とっとと
過ぎてしまいました。
地球の
上は、やわらかな
風と
緑の
葉に
被われています。うぐいすは
林に
鳴いて、がけの
上には、らんの
花が
香っていました。
気の
狂ったおきぬは、その
後、すこしおちついたけれど、もうこの
村には
用のない
人とされて、
山一つ
越した、あちらの
漁村の
実家へ
帰ってしまったそうです。
「お
嬢さま、せっかくおつれもうして、あの
女のうたう
子守唄をおきかせすることができません。」と、おかよは、なげきました。それをききたいばかりに、わざわざここまで
旅行をしたお
嬢さまの
失望を
思ったからです。
しかし、お
嬢さまは、
都にいらしたときのように、ここへきても
笑っていらっしゃいました。
「だけど、いいわ。ここへやってきたかいがあってよ。
山も
谷も、
私が、
夢で
見たよりか
美しいんですもの。」
このとき、
谷で
鳴くうぐいすの
声が、かすかにきこえてきました。そして、がけの
上では、らんの
花が
咲いて、
今朝から、
金色の
羽を
輝かしながら、
小さなはちが、
幾たびもそのまわりを
飛んでいたのでした。
「まだ、あちらの
山には、
雪が
光っていること。」と、おかよが、ぼんやりと、その
方に
見とれていたときでした。
「ねんねん、ころころ、ねんねしな――。」
彼女は、たちまち
谷に
起こる、きき
覚えのある、おきぬの
声をきいたので、びっくりしたのです。
しかし、それは、そうでなかった。なにか
美しい
花を
見つけて
草のしげった、
細い
道を
下りていった、お
嬢さまが、
高らかにうたった
歌の
声だったのであります。
分享到: