春子さんは、どんなにそれが
楽しみだったかしれません。そうしたら、
久代さんに、
自分のを
見せてあげようと
思いました。
春子さんは、やさしい
性質でありました。
誠さんが
捨てたとんぼや、せみが、もちで
羽がきかなくなって、
飛んでいけずに
庭の
地面に
落ちていると、
春子さんが
見つけて、すぐに、げたをはいて
庭へ
出て、それを
拾い
上げました。
「まあ、かわいそうに、なんて
誠さんは、
乱暴なことをするのでしょう。いま
私がもちを
取ってあげてよ。」と、いって、
奥から
揮発油を
綿にしませてきて、
丁寧に
羽をふいてやりました。そして、それを
夕空へ
放してやると、とんぼや、せみはさもうれしそうに、お
礼をいって、
飛んでいくように
見えたのであります。
「ああ、いいことをした。」と、これを
見て
喜ぶ、やさしい
春子さんでありました。
弟の
誠さんは、あいかわらずもちざおを
持って、
学校から
帰ると
近くの
松の
木のある
丘へ
遊びにゆきました。
早くも
秋がきて、そこには、いろいろの
草や
花が
咲きました。そして、ひところのように、せみの
声はしなくなったけれど、やんまや、かぶと
虫がいたからであります。
松にまじって
生えている
雑木をたずねて
歩いていると、一
本のかしわの
木があって、そこにかぶと
虫の
止まっている
黒い
脊中が
見られました。
「あ、いる。」と、
誠さんは、その
木の
下に
立って
見上げました。そこには、かぶと
虫のほかに、さいかちがいたし、また
大きなありが
動いていたし、しかもすこしはなれたところに、
姉さんの
欲しがっていた
玉虫がとまっていて、それらを
護衛するように、すずめばちが、
怖ろしい
目をして、あたりをきょろきょろながめていたのです。
年老って、
腰の
曲がったかしわの
木は、これらの
虫たちに
皮を
傷つけられて、
甘い
液を
吸われているのを
苦痛に
感ずるのでありましょうが、どうすることもできずにいました。
誠さんは、
棒でかぶと
虫と
玉虫を
下へ
落とすと、あわてて
口笛を
吹きながら、
体をすくめて、
飛んできたはちの
攻撃を
避けようとしました。やがて、はちはまた
木へもどりました。そこで、
誠さんは、二
匹の
虫を
拾うと
大急ぎで
家へ
帰ってきました。
「
姉さん、
玉虫を
捕まえてきたよ。
僕、
揮発油をつけて、
殺してやろうか?」と、
誠さんは、いいました。これをきくと、
春子さんは、
「
待っていらっしゃい。」と、いって、
急いで、
出てきました。
「きれいな
虫なのね、
久代さんところで
見たのより、よっぽど
美しいわ。」
「それは、こっちが
生きているからだよ。」と、
誠さんが、いいました。
「そうかしらん、
殺すのはかわいそうね。」
「
僕、
殺してあげようか。」
「
生かして、
飼っておかない?」
「ああ、そうしようか。はちみつをやるといいのだよ。
砂糖でもいいかもしれない。」
誠さんは、
石鹸の
入っていた、ボール
箱に
穴を
明けて、その
中へかぶと
虫と
玉虫を
入れておきました。
誠さんの
留守に、
春子さんは、
一人でかぶと
虫と
玉虫とが、
箱の
中でもだえているのをながめていましたが、
誠さんが
帰ると
無理にすすめて、二
匹の
虫を
原っぱへ
逃がしてやりました。
ある
晩のことです。
春子さんは
不思議な
夢を
見ました。
夏から
秋にかけて、
林や、
花園にきて
遊んでいたちょうや、はちや、
蛾や、とんぼや、せみが、だんだん
寒くなるので、
船に
乗って
暖かな
南の
国へ
旅立つのであります。その
中にもいちばん
目立って
美しいのは
玉虫のおばさんでありました。
紫色の
羽織をきたおばさんは、
船に
乗ろうとして、
「また、
来年まいります。」と、
見送りにいった
春子さんに、にこやかに、お
別れのあいさつをしていました。すると、いつか、もちをふいて
逃がしてやった
茶色のとんぼが、また
玉虫のおばさんの
蔭から、
恥ずかしそうにして
春子さんにあいさつをしていたのでありました。
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