このとき、
一人のおばあさんがありました。つえをついて、この
橋の
上にきかかりました。おばあさんには、
心配がありましたから、とぼとぼと
下を
向いて
歩いて、
元気がなかったのです。それは、かわいい
孫の
美代子さんが、
体が
悪くて、
家にねていたからです。
「どうかして、
早く、
美代の
病気をなおしたいものだ。」と、おばあさんは、このときも
思っていました。
美代子さんは、ちょうど十二でした。このごろは、
体が
悪いので
学校を
休んで、
医者にかかっていました。けれどなかなか
昔のように
元気よく、
快くなおりませんでした。そして、
美代子さんは、
毎日、ねたり
起きたりしていました。
起きているときは、お
人形の
着物を
縫ったり、また、
雑誌を
読んだり、
絵本を
見たりしていましたけれど、もとのように、お
友だちと
活発に、
外へ
出て
駆けたりして
遊ぶようなことはなかったのです。
美代子さんのお
母さんや、お
父さんばかりでありませんでした。
心配をしたのは、
家じゅうのものでありました。
「ほんとうに、あの
子の
病気は、なぜなおらないのだろうか?」と、おばあさんは、いつもそのことを
思いながら、つえをついて
歩いて、
橋のたもとにきかかったのです。
「さあ、こいをまけておきますから、
買っていってください。」と、おじいさんはいっていました。
おじいさんは、
早くこいを
売って
家へ
帰りたいと
思いました。
家には、
二人の
孫が、おじいさんの
帰るのを
待っていたからです。おじいさんの
家は
貧乏でした。そして、おじいさんが、こうしてこいを
売って
金にして
帰らなければ、みんなは
楽しく、
夕飯を
食べることもできなかったのであります。
「さあ、まけておきますから、こいを
買っていってください。」と、おじいさんは、
熱心にいいました。
おばあさんは、それを
聞くと、つえをつきながら、
立ち
止まりました。そして、
橋のそばに、
店を
開いている、
盤台の
中の
大きなこいに
目を
止めたのであります。
おばあさんは、こいを
病人に
食べさせるとたいそう
力がつくという
話を
思い
出しました。
「ほんとうに、いい
大きなこいだな。」と、おばあさんはたまげたようにいいました。
「まけておきます。どうぞ
買っていってください。」と、おじいさんは
声をかけました。
「うちの
小さな
娘が
病気だから、それに
買っていってやろうと
思ってな。」と、おばあさんはいいました。
「このこいをおあがりなされば、すぐに
病気がなおります。」と、おじいさんは
答えました。
おばあさんは、じっと
大きなこいが、
肥えた
白い
腹を
出しているのをながめていましたが、
「なんだか、このこいは、
元気がないな。じっとしている。」と、おばあさんは、こごんでいいました。
「どういたしまして、これが
弱っているなどといったら、
元気のいいのなどはありません。」と、おじいさんはいいました。
おばあさんは、それでもくびを
傾けていました。
「
死んでいるのではないかい。」と、おばあさんはたずねました。
「あんなに、
口をぱくぱくやっているではありませんか。」と、おじいさんはいいました。
「いくらだい?」
「
大まけにまけて一
両よりしかたがありません。」と、おじいさんは
答えました。
「どれ、ちょっと
尾を
持って、
跳ねるか
見せておくれ。」と、おばあさんは、
註文をしました。
このとき、ほんとうにこいは、
死んでいるようにじっとしていましたが、おじいさんは、おばあさんがそういうので、
大きなこいの
尾を
握って
高くさしあげました。
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