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千代紙の春(3)
日期:2022-11-26 23:56  点击:216
 
こいは、このときだとおもったのです。いま自分じぶんげなければ数分間すうふんかんのうちにころされてしまうとおもいましたから、ちからまかせに、おじいさんのうででたたきつけて、おじいさんがびっくりして、はなしたすきにかわなか一飛ひととびに、んでしまったのです。
「あ、こいがげた!」
と、とおりすがりの人々ひとびとさけんで、くろくそのまえあつまりました。おじいさんも、おばあさんも、びっくりしましたが、なかにもおじいさんは、このおおきなこいをがしてしまったので大損おおぞんをしなければなりませんでした。まごたちに夕飯ゆうはんのおかずをってゆくどころでありませんでした。
をつかんで、げてみせろなどといわなけりゃ、こいがげてしまうことはなかったのです。どうか、このこいのおかねをください。」と、おじいさんは、おばあさんにいいました。
おばあさんは、甲高かんだか調子ちょうしになって、
「なんで、りもしないのに、代金だいきんはらうわけがあるかい。かわいいまごくちはいらないものを、わたしは、おかねなんかはらわないよ。」と、あらそっていました。
このとき、あつまった人々ひとびとなかから、頭髪かみながくした易者えきしゃのようなおとこまえてきました。
「おばあさん、こんなめでたいことはありません。んだとおもったこいがねてかわなかおどむなんて、ほんとうにめでたいことです。きっとおまごさんのご病気びょうきは、明日あすからなおりますよ。まごのかわいいのは、だれもおなじことです。このおじいさんにもかわいいまごうちっているのだから、おばあさん、こいの代金だいきんをはらっておやりなさい。」と、そのかみながおとこはいいました。おばあさんは、こいの代金だいきんなんどはらうものかとおもっていましたが、いまこのおとこのいうことをくと、なるほど、もっともだとおもいました。そこで、おばあさんは、しなびた財布さいふなかからぜにをとりして、おじいさんにはらってやりました。
おじいさんは、おばあさんが、こいの代金だいきんはらってくれるとにこにこしました。そして、ふところからうつくしい千代紙ちよがみしました。
「おばあさん、この千代紙ちよがみは、わたしまご土産みやげっていってやろうとおもいましたが、なにも今日きょうかぎったことでない。どうか、ご病気びょうきのおまごさんにっていってあげてくださいまし。」といって、わたそうとしました。
おばあさんはまるくして、
千代紙ちよがみなら、うちのはたくさんもっていますよ。そんなものはいりません。」といってことわりました。けれどおじいさんは、無理むり千代紙ちよがみをおばあさんに手渡てわたしました。
「そういうものでありません。またちがったいろ千代紙ちよがみをもらうと、子供こどもというものは、よろこぶものですよ。」と、おじいさんはいいました。
おばあさんは、千代紙ちよがみをもらって、ふたたび、とぼとぼとつえをついてあるいてかえりました。そらには、いいつきていました。おばあさんは、うちかえって、こいがねてかわなかんで、そのおかねはらったということをはなしますと、美代子みよこさんのおかあさんは、
「おばあさんが、こいをりもなさらないのに、げたこいのおかねはらうのは、ほんとうにばかばかしいことですね。」といわれました。けれど、美代子みよこのおとうさんは、
「それはめでたいこった。きっと美代子みよこ病気びょうきはなおってしまうだろう。」と、ちょうどあのかみながい、易者えきしゃがいったようなことをいわれました。
そして、おばあさんが、こいがげたときのことをくわしく、みんなにはなしますと、うちじゅうのものは、そのときのさまがどんなにおかしかったろうといって、こえをたててわらいました。美代子みよこさんは、あかるい燈火あかりしたでこのはなしいていましたが、やはりおかしくてたまりませんでした。そしてげていったこいは、いまごろどうしたろう。かわをのぼって、自分じぶん故郷こきょうかえったろうか。そうであったら、こいの子供こどもや、おともだちは、どんなによろこんでむかえたろうとかんがえました。
おばあさんは、たもとのなかから、うつくしい千代紙ちよがみして美代子みよこさんにあたえました。
「この千代紙ちよがみは、こいりのおじいさんが、まごっていってやろうとおもったのを、おまえが病気びょうきだというのでくれたのだよ。」と、おばあさんはいわれました。
「しんせつなおじいさんですね。」と、美代子みよこさんのおかあさんは、いわれました。
「こいのかわりに、千代紙ちよがみをもらったのさ。」と、おとうさんはわらわれました。美代子みよこさんは、そのこいりのおじいさんにも、また自分じぶんのようなとしごろのまごがあるのだとりました。そして、そのは、どんなようなかおつきであろう? なんとなくあってみたいような、またおともだちになりたいような、なんとなくなつかしい気持きもちがしたのであります。
先生せんせいが、今日きょうおいでになって、美代子みよこは、おなかむしがわいたのではないか? そのおくすりをあげてみようとおっしゃいました。きっとそうかもしれませんよ、あんまりいろいろなものをべますからね。」と、おかあさんは、おとうさんにいわれました。
「おばあさん、こいはべないほうがよかったかもしれません。」と、おとうさんはいわれました。
はやくなおって、学校がっこうへゆくようにならなければいけません。もうじきにはなくのですもの。」と、おかあさんは、だれにいうとなくはなされました。
美代子みよこさんは燈火あかりしたで、千代紙ちよがみをはさみでこまかにって、いろいろなはなかたちつくっていました。そして、病気びょうきがなおったら、おともだちと野原のはらや、公園こうえんあそびにゆこうとかんがえていました。まどけると、いい月夜つきよでした。美代子みよこさんは、自分じぶんつくった千代紙ちよがみはなをすっかり、まどそとらしました。
二、三にちすると、にわには、いろいろなはなが、一につぼみをやぶりました。千代紙ちよがみはなが、みんなえだについて、ほんとうのはなになったのです。そして、美代子みよこさんの病気びょうきはすっかりなおりました。
――一九二三・二作――
 

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