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月とあざらし(1)
日期:2022-11-26 23:56  点击:216
 

月とあざらし

小川未明


北方ほっぽううみは、銀色ぎんいろこおっていました。ながふゆあいだ太陽たいようはめったにそこへはかおせなかったのです。なぜなら、太陽たいようは、陰気いんきなところは、かなかったからでありました。そして、うみは、ちょうどんだうおのように、どんよりとくもって、毎日まいにち毎日まいにちゆきっていました。
一ぴきのおやのあざらしが、氷山ひょうざんのいただきにうずくまって、ぼんやりとあたりをまわしていました。そのあざらしは、やさしいこころをもったあざらしでありました。あきのはじめに、どこへか、姿すがたえなくなった、自分じぶんのいとしい子供こどものことをわすれずに、こうして、毎日まいにちあたりをまわしているのであります。
「どこへいったものだろう……今日きょうも、まだ姿すがたえない。」
あざらしは、こうおもっていたのでありました。
さむかぜは、しきりなしにいていました。子供こどもうしなった、あざらしは、なにをてもかなしくてなりませんでした。その時分じぶんは、あおかったうみいろが、いま銀色ぎんいろになっているのをても、また、からだりかかる白雪しらゆきても、かなしみがこころをそそったのであります。
かぜは、ヒュー、ヒューとおとをたてていていました。あざらしは、このかぜかっても、うったえずにはいられなかったのです。
「どこかで、わたしのかわいい子供こども姿すがたをおになりませんでしたか。」と、あわれなあざらしは、こえくもらして、たずねました。
いままで、傍若無人ぼうじゃくぶじんいていた暴風あらしは、こうあざらしにいかけられると、ちょっとそのさけびをとめました。
「あざらしさん、あなたは、いなくなった子供こどものことをおもって、毎日まいにちそこに、そうしてうずくまっていなさるのですか。わたしは、なんのために、いつまでも、あなたがじっとしていなさるのかわからなかったのです。わたしは、いまゆきたたかっているのです。このうみゆき占領せんりょうするか、わたし占領せんりょうするか、ここしばらくは、いのちがけの競争きょうそうをしているのですよ。さあ、わたしは、たいていこのあたりのうみうえは、一通ひととおりくまなくけてみたのですが、あざらしの子供こどもませんでした。こおりかげにでもかくれていているのかもしれませんが……。こんど、よく注意ちゅういをしててきてあげましょう。」
「あなたは、ごしんせつなかたです。いくら、あなたたちが、さむく、つめたくても、わたしは、ここに我慢がまんをしてっていますから、どうか、このうみけめぐりなさるときに、わたし子供こどもが、おやさがしていていたら、どうかわたしらせてください。わたしは、どんなところであろうと、こおりやましてむかえにゆきますから……。」と、あざらしは、なみだをためていいました。
かぜは、さきいそぎながらも、かえりみて、
「しかし、あざらしさん、あきごろ、猟船りょうせんが、このあたりまでえましたから、そのとき、人間にんげんられたなら、もはやかえりっこはありませんよ。もし、こんど、わたしがよくさがしてきてつからなかったら、あきらめなさい。」と、かぜはいいのこして、けてゆきました。
そのあとで、あざらしは、かなしそうなこえをたててないたのです。
あざらしは、毎日まいにちかぜ便たよりをっていました。しかし、一約束やくそくをしていったかぜは、いくらってももどってはこなかったのでした。
「あのかぜは、どうしたろう……。」
あざらしは、こんどそのかぜのこともにかけずにはいられませんでした。あとからも、あとからも、しきりなしに、かぜいていました。けれどおなかぜが、ふたたび自分じぶんくのをあざらしはませんでした。
「もし、もし、あなたは、これから、どちらへおゆきになるのですか……。」と、あざらしは、このとき、自分じぶんまえぎるかぜかっていかけたのです。
「さあ、どこということはできません。仲間なかまさきへゆくあとわたしたちは、ついてゆくばかりなのですから……。」と、そのかぜこたえました。
「ずっとさきへいったかぜに、わたしたのんだことがあるのです。その返事へんじきたいとおもっているのですが……。」と、あざらしは、かなしそうにいいました。
「そんなら、あなたとお約束やくそくをしたかぜは、まだもどってはこないのでしょう。わたしが、そのかぜにあうかどうかわからないが、あったら、言伝ことづてをいたしましょう。」といって、そのかぜも、どこへとなくってしまいました。
うみは、灰色はいいろに、しずかにねむっていました。そして、ゆきは、かぜたたかって、くだけたり、んだりしていました。
こうして、じっとしているうちに、あざらしはいつであったか、つきが、自分じぶんからだらして、
「さびしいか?」といってくれたことをおもしました。そのとき、自分じぶんは、そらあおいで、
「さびしくて、しかたがない!」といって、つきうったえたのでした。
すると、つきは、物思ものおもがおに、じっと自分じぶんていたが、そのまま、くろくものうしろにかくれてしまったことをあざらしはおもしたのであります。

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