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月とあざらし(2)
日期:2022-11-26 23:56  点击:215
 
さびしいあざらしは、毎日まいにち毎夜まいよ氷山ひょうざんのいただきに、うずくまって子供こどものことをおもい、かぜのたよりをち、また、つきのことなどをおもっていたのでありました。
つきは、けっして、あざらしのことをわすれはしませんでした。太陽たいようが、にぎやかなまちをながめたり、はな野原のはらたのしそうに見下みおろして、たびをするのとちがって、つきは、いつでもさびしいまちや、くらうみながらたびをつづけたのです。そして、あわれな人間にんげん生活せいかつさまや、えにないている、あわれな獣物けものなどの姿すがたをながめたのであります。
子供こどもをなくした、おやのあざらしが、よるねむらずに、氷山ひょうざんうえで、かなしみながらほえているのをつきがながめたとき、このなかのたくさんなかなしみに、れてしまって、さまでかんじなかったつきも、こころからかわいそうだとおもいました。あまりに、あたりのうみくらく、さむく、あざらしのこころたのしませるなにもなかったからです。
「さびしいか?」といって、わずかにつきは、こえをかけてやりましたが、あざらしは、かなしいむねのうちを、そらあおいでうったえたのでした。
しかし、つきは、自分じぶんちからで、それをどうすることもできませんでした。そのから、つきはどうかして、このあわれなあざらしをなぐさめてやりたいものとおもいました。
あるつきは、灰色はいいろうみうえ見下みおろしながら、あのあざらしは、どうしたであろうとおもい、そらみちいそぎつつあったのです。やはり、かぜさむく、くもひく氷山ひょうざんをかすめてんでいました。
はたして、あわれなあざらしは、そのも、氷山ひょうざんのいただきにうずくまっていました。
「さびしいか?」と、つきはやさしくたずねました。
このまえよりも、あざらしは、幾分いくぶんかやせてえました。そして、かなしそうに、そらあおいで、
「さびしい! まだ、わたし子供こどもはわかりません。」といって、つきうったえたのであります。
つきは、青白あおじろかおで、あざらしをました。そのひかりは、あわれなあざらしのからだ青白あおじろくいろどったのでした。
わたしは、なかのどんなところも、ないところはない。とおくにのおもしろいはなしをしてきかせようか?」と、つきは、あざらしにいいました。
すると、あざらしは、あたまって、
「どうか、わたし子供こどもが、どこにいるか、おしえてください。つけたららしてくれるといって約束やくそくをしたかぜは、まだなんともいってきてはくれません。世界せかいじゅうのことがわかるなら、ほかのことはききたくありませんが、わたし子供こどもは、いまどこにどうしているかおしえてください。」と、あざらしは、つきかってたのみました。
つきは、この言葉ことばをきくとだまってしまいました。なんといってこたえていいか、わからなかったからです。それほど、なかには、あざらしばかりでなく、子供こどもをなくしたり、さらわれたり、ころされたり、そのようなかなしい事件ことがらが、そこここにあって、一つ一つおぼえてはいられなかったからでした。
「この北海ほっかいうえばかりでも、いくひきの子供こどもをなくしたあざらしがいるかしれない。しかし、おまえは、子供こどもにやさしいから一ばいかなしんでいるのだ。そして、わたしは、それだから、おまえをかわいそうにおもっている。そのうちに、おまえをたのしませるものをってこよう……。」と、つきはいって、またくものうしろにかくれました。
つきは、あざらしにした、約束やくそくをけっしてわすれませんでした。ある晩方ばんがたみなみほう野原のはらで、わかおとこや、おんなが、みだれたはななかふえき、太鼓たいこらしておどっていました。つきは、このさまそらうえからたのであります。
これらの男女だんじょは、いずれも牧人ぼくじんでした。もうこの地方ちほうは、あたたかで、みんなははたけや、たがやさなければなりませんでした。一にちらにはたらいて、夕暮ゆうぐれになると、みんなは、つきしたでこうしておどり、そのつかれをわすれるのでありました。
おとこどもは、うしや、ひつじって、つきしたのかすんだみちかえってゆきました。おんなたちは、はななかやすんでいました。そして、そのうちに、はなかおりにい、やわらかなかぜかれて、うとうととねむってしまったものもありました。
このとき、つきは、ちいさな太鼓たいこが、草原くさはらうえしてあるのをて、これを、あわれなあざらしにっていってやろうとおもったのです。
つきが、ばして太鼓たいこひろったのを、だれもづきませんでした。そのつきは、太鼓たいこをしょって、きたほうたびをしました。
きたほううみは、依然いぜんとして銀色ぎんいろこおって、さむかぜいていました。そして、あざらしは、氷山ひょうざんうえに、うずくまっていました。
「さあ、約束やくそくのものをってきた。」といって、つきは、太鼓たいこをあざらしにわたしてやりました。
あざらしは、その太鼓たいこにいったとみえます。つきが、しばらくをたってのちに、このあたりの海上かいじょうらしたときは、こおりけはじめて、あざらしのらしている太鼓たいこおとが、なみあいだからきこえました。
――一九二五・三作――
 

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