おばあさんは立ちあがって、入り口の方に行きました。小さな手でたたくとみえて、トン、トンというかわいらしい音がしていたのであります。
「こんなにおそくなってから……。」と、おばあさんは口のうちでいいながら戸をあけて見ました。するとそこには、十二三の美しい女の子が目をうるませて立っていました。
「どこの子かしらないが、どうしてこんなにおそくたずねてきました?」と、おばあさんはいぶかりながら問いました。
「私は、町の
おばあさんは、いい香水のにおいが、少女のからだにしみているとみえて、こうして話しているあいだに、ぷんぷんと鼻にくるのを感じました。
「そんなら、おまえは、私を知っているのですか。」と、おばあさんはたずねました。
「私は、この家の前をこれまでたびたび通って、おばあさんが、窓の下で針しごとをなさっているのを見て知っています。」と、少女は答えました。
「まあ、それはいい子だ。どれ、そのけがをした指を、私に見せなさい。なにか
「あ、かわいそうに、石ですりむいて切ったのだろう。」と、おばあさんは、口のうちでいいましたが、目がかすんで、どこから血が出るのかよくわかりませんでした。
「さっきのめがねはどこへいった。」と、おばあさんは、たなの上をさがしました。めがねは、目ざまし時計のそばにあったので、さっそく、それをかけて、よく少女のきず口を、見てやろうと思いました。
おばあさんは、めがねをかけて、この美しい、たびたび自分の家の前を通ったという娘の顔を、よく見ようとしました。すると、おばあさんはたまげてしまいました。それは、娘ではなく、きれいな一つのこちょうでありました。おばあさんは、こんなおだやかな月夜の晩には、よくこちょうが人間にばけて、夜おそくまで起きている家を、たずねることがあるものだという話を思いだしました。そのこちょうは足をいためていたのです。
「いい子だから、こちらへおいで。」と、おばあさんはやさしくいいました。そして、おばあさんはさきに立って、戸口から出てうらの
花園には、いろいろの花が、いまをさかりと咲いていました。ひるまは、そこに、ちょうや、みつばちが集まっていて、にぎやかでありましたけれど、いまは、葉かげでたのしいゆめをみながらやすんでいるとみえて、まったくしずかでした。ただ水のように月の青白い光が流れていました。あちらのかきねには、白い野ばらの花が、こんもりとかたまって、雪のように咲いています。
「娘はどこへ行った?」と、おばあさんは、ふいに、立ちどまってふりむきました。あとからついてきた少女は、いつのまにか、どこへすがたを消したものか、足音もなく見えなくなってしまいました。
「みんなおやすみ、どれ私もねよう。」と、おばあさんはいって、家の中へはいって行きました。
ほんとうに、いい月夜でした。