物識りが、「
天下一
品」といった
仏像が、この
村の
中にあるといううわさが、たちまちあたりに
広まりました。
我も、
我もといって、みんなが
男のところへ
仏像を
拝みにまいりました。
「ありがたそうなお
顔をしていらっしゃる。」とか、「
慈悲深いお
目をしていらっしゃる。」とか、または、「なんとなく
神々しい。」とか、みんなが
仏像の
前に
立っていいました。
「これが千
両も
値打ちのある
仏さまですか。」と、
中には、おそるおそる
近寄ってながめる
人たちもあったのです。
すると、この
村に、
大金持ちで、たくさんの
小作人を
使用して、また
銀行に
預金をして、なにをすることもなく、
日を
送っている
人間がありました。
欲しいものは、なんでも
買いました。
見たいところへは、みんないって
見てきました。しかし、まだ、
自分をなにひとつ
満足させるものはありませんでした。
金はいくらあっても、それだけでは、この
世の
中がおもしろくはありませんでした。どうか
天下一
品のものがほしい。だれもほかに
持っているものがないような
珍しいものを
手に
入れたい、と、
日ごろから
思っていました。
その
金持ちの
耳に、
天下一
品の
仏像が
村にあることが
入りました。しかも、
目下のものの
家にあると
聞くと、
金持ちは、もはやじっとしてはいられませんでした。さっそく、その
男のところへ
出かけてゆきました。
「
今日は。」と、
金持ちは、
男のところをたずねました。かつて、
金持ちが、この
男の
狭い、うす
暗い
家を
訪ねるようなことは、ありませんでした。
「だんなさまでございますか。」と、
男はいって、
金持ちを
迎えました。
「ほかではないが、
天下一
品という
仏像を
見せてもらいにきた。」と、
金持ちはいいました。「いよいよ
俺の
運が
向いたぞ。」と、
男は、
心の
中でいいました。
「
仏像というのは、あすこに
祀ってあるあれでございます。」と、
男はいいました。
いつのまにか、たなの
上は、きれいになって、
仏像の
前には、
花やお
菓子などが、
並べてあったのです。
金持ちは、それがどんな
姿であろうが、かまいません。
金の
力で
天下一
品が
手に
入れられるものなら、なんでもそれを
自分のものにしたかったのです。
「あ、なるほど。」と、
金持ちは、
軽くうなずいて、それを
手に
取ってつくづくと
見ていましたが、
「なかなかいい
作だ。よほど
古いものだ。
私はまだこれよりもいいものを
見たことがあったが、この
像もなかなかいい。
手の
欠けているのは
惜しいものだ。
私は、
仏像が
好きなので、どうか一つ
手に
入れたいと
思っていたが、どうだろう、この
像を
譲ってもらえまいか。」と、
金持ちはいいました。
男は、
腹の
中では、ほくほく
喜んでいましたが、
口では、そういわなかった。
「
天下一
品といいますので、
安くて千
両だと、あのりこう
者がいいました。なにしろ
先祖代々の
宝物でございまして、なるたけ
売りたくはないと、
思っています。」と、
男は、さもさもらしく
答えました。
そう
聞くと、
金持ちは、ますますこの
仏像がほしくなりました。
「どうだ、千
両で
私に
売ってはくれまいか。」と、
金持ちはいいました。
男は、二千
両も、もっと
高くも
売りたかったのです。
「まあ、
考えてみましょう。」と、あいさつをしました。
金持ちは、
自分のほかには、千
両も
出して、この
仏像の
買い
手は、あまりあるまいと
思いましたので、その
日は、それで
帰ったのであります。
隣村に、もう
一人金持ちがありました。この
金持ちも
天下一
品の
仏像がぜひ
見たくなりました。それで、わざわざ
男のもとへやってきました。
「どうか、
仏像を
拝ましてもらいたい。」と
頼みました。
「さあ、どうぞごらんくださいまし。
仏像はあれでございます。」と、
男は、たなの
上の
仏像を
指さしました。
「あ、あの
仏像ですかい。
地金は
黄金ですか、なんでできていますか。」と、
隣村の
金持ちは
聞きました。
「さあ、
地金のことは、ぞんじませんが、
鑑定してもらうと、
安くて千
両の
値打ちがあるとのことです。
先刻も、
村のだんなさまが
見えて、千
両で
譲ってほしいといわれました。」と、
男は
話しました。
「じゃ、千
両で
買い
手があるのですかい。」
「さようでございます。」
「どうだ、
私に、千三百
両で
譲ってくださらんか。」と、
隣村の
金持ちは
頼みました。
男は、しめたものだと、
心の
中で
思いましたが、けっして、
顔には
見せませんでした。
「なにしろ、
先祖代々からの
宝物ですから、なるべくなら
手放したくないと
思っています。よく
考えてからご
返事申しあげます。」と、
男は
答えました。
隣村の
金持ちは、またくるといって、その
日は
帰ってしまいました。
後で、
男は、これは、またなんというしあわせが
自分の
身の
上にわいてきたものかと
考えると、
頭がなんとなくぼんやりしてしまいました。そして、それからというものは、
仕事が
手につかず、
圃へも
出ませんでした。
男は、
口の
中で、千三百
両……と、
口癖になって、
繰り
返して、いっていました。
「
地所を
買うこともできる。
見物に
出かけることもできる。」と、
独り
言をして、
夜が
明けると、
日が
暮れるまで、
夢を
見るような
気持ちでいました。すると、そのとき、
「この
田舎でさえ、千
両や、千三百
両で
売れる
仏像だ。
町へいって
見せたら、もっと、
高く
売れないともかぎらない。」と、ある
人は、
男に
向かっていいました。
男も、なるほどと
考えました。そこで、その
仏像を
大事に
包んで
背中におぶって、
町へ
出かけてゆきました。
途中も、
男は、ただ一つ
事しか
考えていませんでした。そして、
口の
中では、千
両……千三百
両……といって
歩いていました。
男は、ついに
町へ
出ました。そこには、
大きな
骨董店がありました。
男は、まずその
店へいって
見せようと
思いました。そして、
店先に
立って、なるほど、たくさんいろいろな
仏像や、
彫刻があるものだと、一
通り
飾られてあるものに
目を
通したのです。
「いくらいいものがあっても、
俺の
背中にあるような、
天下一
品はここにもあるまい。」と、
男は
心の
中でいいながら、ながめていました。
すると、たなの
中ほどのところに、
寸分違わない、
仏像が
置いてありました。
男は、これに
目が
止まると、はっと
驚きました。そして、
自分の
目のせいでないかと、なお、
大きく
目を
開けてじっと
見ますと、まさしく、
自分のおぶっている
仏像と、
古さから、
形まで
違わないばかりか、しかも
手も
欠けていず、
完全な
仏像でありました。
「
天下一
品が、ここにもあるぞ。」と、
男はたまげてしまいました。そしていくらするものだろうと
思いましたから、
男は、
店の
中に
入って、きわめて
平気を
装って、その
仏像の
値を
聞いてみました。
「あのたなの
中ほどの
古い
仏像ですか、おまけして、五
両でよろしゅうございます。」と、
番頭は、
答えました。
「五
両?」と、
男はいって、
耳を
疑いました。千
両……千三百
両……が、五
両? きっとこの
番頭は
盲目なのだ。
俺は、一つを
村の
大尽に千
両で
売り、一つを
隣村の
金持ちに、千三百
両で
売ってやろう。
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