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天下一品(2)
日期:2022-11-26 23:56  点击:282
 
物識ものしりが、「天下てんか一品ぴん」といった仏像ぶつぞうが、この村むらの中うちにあるといううわさが、たちまちあたりに広ひろまりました。我われも、我われもといって、みんなが男おとこのところへ仏像ぶつぞうを拝おがみにまいりました。
「ありがたそうなお顔かおをしていらっしゃる。」とか、「慈悲じひ深ぶかいお目めをしていらっしゃる。」とか、または、「なんとなく神々こうごうしい。」とか、みんなが仏像ぶつぞうの前まえに立たっていいました。
「これが千両りょうも値打ねうちのある仏ほとけさまですか。」と、中なかには、おそるおそる近寄ちかよってながめる人ひとたちもあったのです。
すると、この村むらに、大金持おおがねもちで、たくさんの小作人こさくにんを使用しようして、また銀行ぎんこうに預金よきんをして、なにをすることもなく、日ひを送おくっている人間にんげんがありました。欲ほしいものは、なんでも買かいました。見みたいところへは、みんないって見みてきました。しかし、まだ、自分じぶんをなにひとつ満足まんぞくさせるものはありませんでした。金かねはいくらあっても、それだけでは、この世よの中なかがおもしろくはありませんでした。どうか天下てんか一品ぴんのものがほしい。だれもほかに持もっているものがないような珍めずらしいものを手てに入いれたい、と、日ひごろから思おもっていました。
その金持かねもちの耳みみに、天下てんか一品ぴんの仏像ぶつぞうが村むらにあることが入はいりました。しかも、目下めしたのものの家いえにあると聞きくと、金持かねもちは、もはやじっとしてはいられませんでした。さっそく、その男おとこのところへ出でかけてゆきました。
「今日こんにちは。」と、金持かねもちは、男おとこのところをたずねました。かつて、金持かねもちが、この男おとこの狭せまい、うす暗ぐらい家いえを訪たずねるようなことは、ありませんでした。
「だんなさまでございますか。」と、男おとこはいって、金持かねもちを迎むかえました。
「ほかではないが、天下てんか一品ぴんという仏像ぶつぞうを見みせてもらいにきた。」と、金持かねもちはいいました。「いよいよ俺おれの運うんが向むいたぞ。」と、男おとこは、心こころの中うちでいいました。
「仏像ぶつぞうというのは、あすこに祀まつってあるあれでございます。」と、男おとこはいいました。
いつのまにか、たなの上うえは、きれいになって、仏像ぶつぞうの前まえには、花はなやお菓子かしなどが、並ならべてあったのです。
金持かねもちは、それがどんな姿すがたであろうが、かまいません。金かねの力ちからで天下てんか一品ぴんが手てに入いれられるものなら、なんでもそれを自分じぶんのものにしたかったのです。
「あ、なるほど。」と、金持かねもちは、軽かるくうなずいて、それを手てに取とってつくづくと見みていましたが、
「なかなかいい作さくだ。よほど古ふるいものだ。私わたしはまだこれよりもいいものを見みたことがあったが、この像ぞうもなかなかいい。手ての欠かけているのは惜おしいものだ。私わたしは、仏像ぶつぞうが好すきなので、どうか一つ手てに入いれたいと思おもっていたが、どうだろう、この像ぞうを譲ゆずってもらえまいか。」と、金持かねもちはいいました。
男おとこは、腹はらの中なかでは、ほくほく喜よろこんでいましたが、口くちでは、そういわなかった。
「天下てんか一品ぴんといいますので、安やすくて千両りょうだと、あのりこう者ものがいいました。なにしろ先祖せんぞ代々だいだいの宝物ほうもつでございまして、なるたけ売うりたくはないと、思おもっています。」と、男おとこは、さもさもらしく答こたえました。
そう聞きくと、金持かねもちは、ますますこの仏像ぶつぞうがほしくなりました。
「どうだ、千両りょうで私わたしに売うってはくれまいか。」と、金持かねもちはいいました。
男おとこは、二千両りょうも、もっと高たかくも売うりたかったのです。
「まあ、考かんがえてみましょう。」と、あいさつをしました。金持かねもちは、自分じぶんのほかには、千両りょうも出だして、この仏像ぶつぞうの買かい手ては、あまりあるまいと思おもいましたので、その日ひは、それで帰かえったのであります。
隣村となりむらに、もう一人ひとり金持かねもちがありました。この金持かねもちも天下てんか一品ぴんの仏像ぶつぞうがぜひ見みたくなりました。それで、わざわざ男おとこのもとへやってきました。
「どうか、仏像ぶつぞうを拝おがましてもらいたい。」と頼たのみました。
「さあ、どうぞごらんくださいまし。仏像ぶつぞうはあれでございます。」と、男おとこは、たなの上うえの仏像ぶつぞうを指ゆびさしました。
「あ、あの仏像ぶつぞうですかい。地金じがねは黄金おうごんですか、なんでできていますか。」と、隣村となりむらの金持かねもちは聞ききました。
「さあ、地金じがねのことは、ぞんじませんが、鑑定かんていしてもらうと、安やすくて千両りょうの値打ねうちがあるとのことです。先刻せんこくも、村むらのだんなさまが見みえて、千両りょうで譲ゆずってほしいといわれました。」と、男おとこは話はなしました。
「じゃ、千両りょうで買かい手てがあるのですかい。」
「さようでございます。」
「どうだ、私わたしに、千三百両りょうで譲ゆずってくださらんか。」と、隣村となりむらの金持かねもちは頼たのみました。
男おとこは、しめたものだと、心こころの中うちで思おもいましたが、けっして、顔かおには見みせませんでした。
「なにしろ、先祖代々せんぞだいだいからの宝物ほうもつですから、なるべくなら手放てばなしたくないと思おもっています。よく考かんがえてからご返事へんじ申もうしあげます。」と、男おとこは答こたえました。
隣村となりむらの金持かねもちは、またくるといって、その日ひは帰かえってしまいました。
後あとで、男おとこは、これは、またなんというしあわせが自分じぶんの身みの上うえにわいてきたものかと考かんがえると、頭あたまがなんとなくぼんやりしてしまいました。そして、それからというものは、仕事しごとが手てにつかず、圃はたけへも出でませんでした。男おとこは、口くちの中なかで、千三百両りょう……と、口癖くちぐせになって、繰くり返かえして、いっていました。
「地所じしょを買かうこともできる。見物けんぶつに出でかけることもできる。」と、独ひとり言ごとをして、夜よが明あけると、日ひが暮くれるまで、夢ゆめを見みるような気持きもちでいました。すると、そのとき、
「この田舎いなかでさえ、千両りょうや、千三百両りょうで売うれる仏像ぶつぞうだ。町まちへいって見みせたら、もっと、高たかく売うれないともかぎらない。」と、ある人ひとは、男おとこに向むかっていいました。
男おとこも、なるほどと考かんがえました。そこで、その仏像ぶつぞうを大事だいじに包つつんで背中せなかにおぶって、町まちへ出でかけてゆきました。途中とちゅうも、男おとこは、ただ一つ事ことしか考かんがえていませんでした。そして、口くちの中なかでは、千両りょう……千三百両りょう……といって歩あるいていました。
男おとこは、ついに町まちへ出でました。そこには、大おおきな骨董店こっとうてんがありました。男おとこは、まずその店みせへいって見みせようと思おもいました。そして、店先みせさきに立たって、なるほど、たくさんいろいろな仏像ぶつぞうや、彫刻ちょうこくがあるものだと、一通ひととおり飾かざられてあるものに目めを通とおしたのです。
「いくらいいものがあっても、俺おれの背中せなかにあるような、天下てんか一品ぴんはここにもあるまい。」と、男おとこは心こころの中なかでいいながら、ながめていました。
すると、たなの中なかほどのところに、寸分すんぶん違ちがわない、仏像ぶつぞうが置おいてありました。男おとこは、これに目めが止とまると、はっと驚おどろきました。そして、自分じぶんの目めのせいでないかと、なお、大おおきく目めを開あけてじっと見みますと、まさしく、自分じぶんのおぶっている仏像ぶつぞうと、古ふるさから、形かたちまで違ちがわないばかりか、しかも手ても欠かけていず、完全かんぜんな仏像ぶつぞうでありました。
「天下てんか一品ぴんが、ここにもあるぞ。」と、男おとこはたまげてしまいました。そしていくらするものだろうと思おもいましたから、男おとこは、店みせの中なかに入はいって、きわめて平気へいきを装よそおって、その仏像ぶつぞうの値あたいを聞きいてみました。
「あのたなの中なかほどの古ふるい仏像ぶつぞうですか、おまけして、五両りょうでよろしゅうございます。」と、番頭ばんとうは、答こたえました。
「五両りょう?」と、男おとこはいって、耳みみを疑うたがいました。千両りょう……千三百両りょう……が、五両りょう? きっとこの番頭ばんとうは盲目めくらなのだ。俺おれは、一つを村むらの大尽だいじんに千両りょうで売うり、一つを隣村となりむらの金持かねもちに、千三百両りょうで売うってやろう。

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