天下一品(3)
日期:2022-11-26 23:56 点击:217
こう、とっさの
間に
男は
思いました。
彼は、
財布をはたいて、五
両でその
仏像を
買いました。そして、それを
横抱きにして、
大急ぎで
村を
指して
帰ってきました。
家に
帰ってから、
背中の
仏像をおろして、
買ってきたのと二つ
前に
並べてみますと、まさしく
寸分も
違っていませんでした。
男は、
手の
欠けていない
仏像をふろしきに
包んで、それを
持って、
隣村の
金持ちの
家へ
出かけてゆきました。
金持ちは、
家にいました。
男を
見ると、
笑顔で
迎えました。
「
仏像を
持ってあがりました。」と、
男はいいました。
「あ、それは、それは、じゃ、
先日の
値で
売ってくださるか。」と、
金持ちは、
大喜びでした。そして、
男の
出した
仏像を
押しいただいて、
眼鏡をかけてじっと
見ましたが、
「これは、
先日の
仏像であるかな。」と、けげんな
顔つきをしてたずねました。
「さようでございます。」と、
男は、
頭を
下げた。
「いや、
違う。
先日見たのは、たしかに
手が
欠けていた。
私はその
欠けたぐあいが、たいそうおもしろいと
思って
気に
入ったのだが……。」と、
金持ちはいいました。
「じゃ、あなたは、
手の
欠けているのがよろしいのですか、それなら
家にありますが。」と、
男はいいました。
すると、
金持ちは、
目を
円くして、
「
家にある……まだ、これと
同じ
仏像が
家にあるのですかい。」
「さようでございます。
手の
欠けたのなら、
家にあります。」
「いや、それなら、
私は、よしておこう。
天下一
品と
聞いて、つい
買う
気になったのだが、そういくつもあっては、もう
欲しくはない。そういえば、あまりこの
仏像も
好い
作ではないようだ。」と、
金持ちのようすは、
急に
変わりました。
男は、
失敗してしまいました。その
家を
出ると、
彼は、
残念でたまりませんでした。うまくゆけば二つで二千三百
両になるものをと
思いますと、ほんとうに
取り
返しのつかない、
失敗をしたと
気づきました。
彼は、どうかしてこの
埋め
合わせをしなければならぬと
思いました。
「
村の
大尽に、
高く
売りつけてやろう。」と、
男は
考えました。
男は、
家に
帰り、
今度は、
失敗をしないつもりで、
手の
欠けた
仏像をふろしきに
包んで、
村の
金持ちのところへ
持って
出かけました。
金持ちは、
男がやってくると、にこにこして
迎えました。
「じつは、おまえさんが
見えるだろうと
思って、
待っていた。あの
仏像を
持ってきたかい。」と、
金持ちはいいました。
「さようでございます。」と、
男は、さっそく、
包みを
解いて
仏像を
出しました。
金持ちは、
仏像を
取り
上げて、つくづくと
見ていました。
「
天下一
品の
代物でございます。千五百
両で
買っていただきとうぞんじます。」と、
男はいいました。
「千五百
両でも、二千
両でも
買うが、
惜しいことには
手が
欠けている。
私は、もとから
傷物は
大きらいなんだ。千
両でも、じつは
考えているんだ。」と、
金持ちはいいました。
「なににしても、いい
作でございます。」
「ああ、
作は、まず
申し
分なしといっておこう。ただ、
手の
欠けているのが
惜しい。」と、
金持ちはいいました。
男は、もう一つの
完全なほうを、ここへ
持ってくれば
好かったかとまどいました。
「じつは、
先祖の
時代から、もう一つほかに
同じ
仏像が
伝わっています。そのほうなら、
手も
完全でございます。」と、
男はいいました。
すると、
金持ちは、
喜ぶかと
思いのほか、
手に
持っている
仏像を
下に
投げるように
置きました。
「この
詐欺師めが、
天下一
品に、二つあって、たまるものか。おまえは、あの
物識りとぐるになって、
俺に、やくざ
物を
買わせようとたくらんだにちがいない。そんな
量見だと、この
村から
追い
出してしまうぞ!」と、
金持ちは、たいそう
怒りました。
男は、もはや、
取り
付く
島がなく、そこから
逃げるように
出ましたが、なんだか、いままでのことが、みんなはかない
夢であったというような
気がして、いま、はじめて
目が
覚めたのでした。
田圃を
通ると、ほかの
田圃は、みんなよくしげっていいできでしたけれど、
自分の
田圃ばかりは、
草が
茫々と
生えていました。そして、みんなから、
大金持ちになったといううわさをたてられているだけに、
明日から、また
田圃へ
出て、
草を
取る
気にもなれず、
男は、二つの
仏像をいまいましそうににらんで、あきれたように
家のうちに
閉じこもっていたそうであります。
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