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天女とお化け(2)
日期:2022-11-26 23:56  点击:251
 
 ある日ひ秀吉ひできちは、Kケーにいわれるまま、彼かれの家いえへ遊あそびによったのでした。学校がっこうでもKケーは、よくできるという評判ひょうばんでした。教師きょうしもKケーにたいしては、秀吉ひできちとは反対はんたいで、彼かれを見みる目めつきは、いつも柔和にゅうわであり、ときには、こびるように、やさしい言葉ことばをかけるとさえ思おもわれることもありました。秀吉ひできちはKケーについて、よくふき清きよめられた玄関げんかんを入はいると、ひやりとした空気くうきを感かんじました。
かたわらには患者かんじゃの控ひかえ室しつがあって、そこをぬけると、薬品やくひんのにおいのする診察室しんさつしつがあり、並ならんで座敷ざしきになっていました。秀吉ひできちは、Kケーの客きゃくという資格しかくで、案内あんないされるまま、奥おくにあるKケーの書斎しょさいへみちびかれました。その際さい、座敷ざしきのうすぐらい床とこの間まにおいてあった、美うつくしい尾おをひろげた大おおきな鳥とりに、目めをうばわれたのであります。
「君きみ、あの鳥とりは、なんというのかい。」と、秀吉ひできちは、友ともだちの机つくえのそばにすわると、すぐたずねました。
「あの鳥とりを、まだ知しらないの。孔雀くじゃくの剥製はくせいなんだよ。」と、Kケーは答こたえました。
「ほんとうに、きれいな鳥とりだね。どこにすんでいるのだろうね。」
「なんでも、南洋なんようの暑あつい国くににいるというよ。」
「どうやって、捕とらえるのだろうね。」と、彼かれは、それから、それへと、空想くうそうしてききました。
「しかし君きみ、あの尾おのいちばんきれいなところが、大毒たいどくなんだというよ。」と、Kケーは、秀吉ひできちにいいました。
「あの紫色むらさきいろにぴかぴか光ひかるところなの。」と秀吉ひできちは、思おもわず目めをかがやかしたのです。
「ああ、そういう話はなしだよ。」
「なめれば死しぬかしらん。」と、秀吉ひできちは、いいました。
「それは、死しぬだろう。しかし、もう置物おきものにされて古ふるいのだから、あてにならんが、それより、もっとおそろしい毒薬どくやくを見みたことがあるよ。ただ見みただけでは、つまらん白しろい粉こなさ。一グラムの、いく百分ぶんの一でも、それをなめると、獣けものでも、人間にんげんでも、死しぬのだから。」と、Kケーがいいました。
「そんな、おそろしい薬くすり、ぼく見みたいものだな。」と、秀吉ひできちは、ため息いきをつきました。
「家うちにあるけれど、お父とうさんが、子供こどもなんかの、見みるものではないと、厳重げんじゅうに戸とだなにしまってあるんだよ。」と、友ともだちは答こたえました。
「このあいだ、学校がっこうへおかあさんが呼よばれて、僕ぼくが小ちいさいときに、脳膜炎のうまくえんをやったのではないかと、聞きいたそうだよ。」と、彼かれが正直しょうじきに、Kケーにつげると、Kケーは向むきなおって、
「あのはげ頭あたまがかい。なんで、敏感びんかんな君きみが、ばかなもんか。はげ頭あたまこそ、大酒おおざけのみの酒乱しゅらんなんだよ。よくPTAピーティーエーの会員かいいんの家いえで、へべれけになるんだそうだ。」と、いって、Kケーは笑わらいました。秀吉ひできちの帰かえるとき、Kケーは玄関げんかんまで送おくって出でながら、薬室やくしつの前まえをいきかけて、
「君きみ、あすこに、どくろのしるしのついた戸とだながあるだろう。さっきいった毒薬どくやくのびんが、あの中なかに、はいっているのだよ。」と、指ゆびさしました。
秀吉ひできちは、灰色はいいろのどくろの画えに、なにか特別とくべつの胸むねにせまる鋭するどいものを感かんじました。
ちょうど、そのころのことでした。町まちへささやかな教会堂きょうかいどうがたてられました。近ちかくの子供こどもたちや、めぐまれない家庭かていの女おんなたちが、日曜日にちようびごとに、お祈いのりに集あつまって、牧師ぼくしのお説教せっきょうをきいたのであります。
牧師ぼくしというのは、女おんなの外国人がいこくじんでありました。その下したに、日本人にっぽんじんの信者しんじゃがいて、いろいろの世話せわをしたり、なにかと教会きょうかいのめんどうをみながら働はたらいていました。一人ひとりの青年せいねんは、髪かみのちぢれた、やせ姿すがたの芸術家げいじゅつからしく、もう一人ひとりは、美うつくしいお嬢じょうさんでありました。平常へいじょう、女おんなのほうは、子供こどもらとオルガンにあわせて、讃美歌さんびかをうたい、また希望者きぼうしゃに英語えいごを教おしえたりしました。そして、青年せいねんのほうは、子供こどもらに、手工しゅこうのけいこをしたり、自由画じゆうがをかかせたりしました。
ある日ひ、この若わかい男おとこの先生せんせいは、子供こどもがならんでテーブルに向むかっている前まえへ、クレオンと紙かみをくばって、
「なんでも見みたこと、また思おもったことを、自由じゆうに画えにして、かいてみたまえ。」といいました。
秀吉ひできちは、なにをかいたらいいものか、自由じゆうという意味いみが、よくわからなかったのです。いつも学校がっこうでは、教師きょうしが問題もんだいを出だして、それに答こたえるように教おしえられていました。線せん一本ぽんでも、まちがってはならぬのでした。だから、自分じぶんでは熱心ねっしんにかいたつもりでも、めいめいのものと見みくらべて、よい悪わるいをきめられるので、いつも、ほめられるのは、日ひごろ成績せいせきがいいとされているものにかぎっていました。秀吉ひできちなどは、どの科目かもくも、ほめられたことはなかったのです。

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