やがて、
日が
暮れかかると、からすの
群れは、いくつも
西の
空をさして、
帰りました。そして、
北の
海のある
方の、
空が、
明るかったのであります。
見覚えのあるからすの
群れは、
頭の
上を
過ぎたのでした。そして、
翼のいたんだ、
哀れなからすは
今日はみんなから、ずっと
後れて、わずかにその
列に
加わっていたのでありました。
彼は、
哀れなからすが、みんなから、まったく、
後れてしまいはせぬかと、
気遣いながら、いつまでもその
群れの
遠く、
遠く、
見えなくなるまで
見送っていました。そのうちに、まったく、その
群れは
見えなくなってしまいました。
「
明日は、どうだろう?」
太郎は、このとき、そう
思わずには、いられませんでした。
そして、そのあくる
日の
暮れ
方となりました。
太郎は、
家の
前に
立って、
同情に
満ちた
瞳を
上げて、
哀れなからすの
加わっている、その
列のくるのを
待っていました。やがて、その
列はやってきました。しかし、
哀れな
傷ついたからすの
姿は、
見えなかったのです。
彼は、その
数を
数えてみました。たしかに、
哀れなからすの
数一つだけが
足りなかったのであります。
「あのからすは、どうしたろう?」
太郎の
胸は、
悲しさにいっぱいになりました。かわいそうでならなかったのでした。
「あのからすは、どうしただろうか?」
そのあくる
日も、
彼は、
外の
往来に
立って、からすの
群れを
見送りました。やはり、
哀れなからすの
姿はその
列には、なかったのでした。おそらく、それは、
永久に、
見られないような
気がしたのでした。
一
日、
太郎は、
学校で、
幾人かの
友だちと
鬼ごっこをして
騒いでいました。そのとき、
一人が、ベンチにつまずいて、
片足の
骨を
砕きました。みんなは、
大騒ぎをしました。
不幸な
友だちは、
家へ
帰りました。そして、
医者にかかりました。
翌日、
学校へいってみると、その
友だちは、
学校を
休んだのでした。
「かわいそうだね。」と、
太郎は、ほかの
友だちどうしと、
不幸な
友だちの
災難を
哀れみました。
太郎は、このとき、
人間は、こうして
傷を
受けると
医者にかかることができるが、あのからすのように、
翼を
傷つけたら、からすは、どうしたらいいだろうかと
思いました。
冬の
終わりごろから、
春のはじめにかけては、よく
雨風のつづくことがあります。こうして
野や
山の
雪は
解けるのでした。
二、三
日、はげしい
雨が
降り、
風が
吹きすさみました。こんな
日には、からすは、いつものように
列を
造って、
飛んで
帰ることができませんでした。そして、
思い
思いに、
雨風の
中を
帰ってゆきました。
太郎は
学校へゆくと、
足をいためた
友だちはもうなおってきていました。そして、うれしそうにみんなといっしょに
遊んでいたのでありました。
「からすは、
翼をいためても、
医者にかかってなおすこともできないだろうし、どうするだろうか? あのように、
雨や、
風のはげしい
日には、どこに、どうしているだろうか?」
太郎は、
哀れなからすについて、
思わずにいられなかったのです。
彼は、
哀れなからすを、もう
永久に
見ることがないと
思っていました。
おいおい、
春めいてまいりました。
吹く
風が
暖かになりました。ある
日の
晩方、
太郎は
外に
遊んでいますと、
西の
方の
空は、
紅く
色づいていました。そして、
日は
静かに
沈み、
雲の
色も、
木立の
影も、
酒にでも
酔うているようでありました。ちょうど、このとき、からすの
群れが、
頭の
上を
飛んでゆきました。
太郎は、それを
見ると、いつかの
翼をいためたからすが、みんなといっしょに
元気よく
飛んでゆくのでありました。
彼は、それを
見て、どんなに、
意外に、またうれしく
思ったでしょう。
「あ、あのからすも、あんなによくなった。」といって、
手をたたいて
喜びました。
「カア、カア。」と、からすは
鳴いて、
西の
紅い
空の
中へ、だんだんと
小さく、
消えてゆきました。
この
日から、この
地上には、
幸福が
産まれ
出たように
思われました。一
時に、
木々のつぼみはふくらみ、
芽さきは、
色づきました。もう、
冬は、どこかへ
逃げていって、
春がやってきたのです。
そのころから、
晩方になると、からすが
東の
空から、
西へ
飛んでゆくのに、また、
南の
空からは、
北へ、
白い、
白い、かもめの
群れが
列を
造って
飛んでくるのを
見ました。かもめは、
寒い、
寒い、ところを
恋しがって
旅をつづけるのでした。一
度、
村の
上を
北に
過ぎていったかもめは、二
度と
帰ってきませんでしたが、からすの
群れはやはり、あくる
日も、また、
太郎の
頭の
上を
通るのでありました。
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