つばめと乞食の子
小川未明
ある村へ、一人の乞食の子が入ってきた。十二、三で顔はまっ黒く、目の大きな子だ。そのうえいじ悪で、人に向かって、けっして、ものをくれいといったことがない。毎日毎日外を歩いていて、ほかの子供がなにか食べていると、すぐさまそれを奪い取って食べてしまう。また銭を持っていると、すぐさまその銭を奪い取って、自分でなにか買って食べてしまう。だから村じゅうでは、その乞食の子をにくまないものがない。けれど、しかるとかえって復讐をするので、だれも恐れていた。乞食の子は、夜になっても泊めてくれるものがない。いつも木の根や、家の軒でねたり、林の中でねたりしていた。朝早く起きると、子供が遊んでいるのを探して歩いた。
ある日じいさんが、途中で財布を取り出して金を計算しているのを見た。乞食の子は、さっそくそばへきて、地面に落ちている小石を拾って、
「おじいさん、銀貨が一つ落ちていた。」といって、手をさしだすと、じいさんはあわてて、金を取り返そうとした。乞食の子は手をひっこめた。するとじいさんは、ほんとうにこの子が銀貨を拾ったと思いこんで、
「この悪い小僧め、早く返さんか。」と怒って後を追い駆けた。乞食の子は、おもしろがって逃げた。じいさんは追い駆けているうち石につまずいて、みんな地面に財布の金をまいてしまった。このとき子供は駆けてきて、落ちた金を拾って逃げた。後でじいさんは、うまくだまされたのを後悔した。
あるとき、金持ちの子供が、うまいお菓子を食べていた。乞食の子は、ぶらぶらやってきた。さっそく子供は、うまいお菓子をふところにかくしてしまった。乞食の子は、自分のからだに止まっていたはえを捕らえた。そしてなにげないふうで、その子供の後ろにまわって、えりもとへはえを落として、
「あっ、危ない、はちが入った! はちが入った!」と叫んだ。
その子供は驚いて、さっそく帯を解いて着物を脱ぎ捨てると、
「僕が、はちを殺してやる。」といって、うまいお菓子の袋を取りあげて逃げていった。子供は泣いて家へ帰った。
村の人々はみんな、この乞食の子をにくんだ。どうかして追いはらう工夫はないかと相談した。
一人がいうのに、ひどいめに合わせたらどこかへいくだろうといった。すると、あるものは反対して、
「もしひどいめに合わせて、この村に火でもつけられるとたいへんだ。」といった。
一人がいうのに、金をやって、もうこの村にくるなといったら、もうこないかもしれんといった。すると一人が反対して、
「また金がなくなりゃ、入ってくるから、だめだ。」といった。
すると、一人がいうのに、どこかへ連れていって、おいてくるのがいちばんいいといった。
そこで、村の中で口の上手な人を選んで、乞食の子を誘い出した。乞食の子は村の人々の相談を知っていたから、どれ、村の人々を困らしてやろうと考えた。そこへ男がやってきた。
「おい、小僧、おもしろいところへ連れていってやるから、いっしょにこい。」といった。
小僧は黙って後についていった。やっと二、三丁いくと、小僧は、
「もう、くたびれたからいやだ。」といった。
すると男は、金を出して、これをやるから、こいといった。乞食の子は銭をもらって、また、二、三丁いくと、
「腹がへったから歩けない。」といった。男はしかたがないから、お菓子を買ってやった。また二、三丁いくと乞食の子は、
「脚が痛いから歩けない。」といいだした。
男は困って、しかたがないから、通りかかった荷車に乞食の子を載せて、自分は歩いていった。
やっと一里ばかりもくると、乞食の子は、わざと荷車の上で居眠りをするまねをした。男は、車引きの耳に口をつけて、なんでも道のわからないところへ連れていってくれるようにたのんだ。
やがてある町へくると、あちらから、ひろめ屋の行列がきた。車引きも男もぼんやりと立ち止まってともに見とれているひまに、乞食の子は車を飛びおりて、村へ帰ってしまった。
ある朝、乞食の子が森の中で目をさますと、頭の上で、つばめがこういった。
「おまえさんは、私らの生まれた故郷へいく気はないか。暖かできれいな花が咲いていて、うまい果物が手のとどくところにいくらもなっていて、だれも取り手がない。おまえさんはいって、その国の王さまとなる気はないか。」
といった。乞食の子は目を円くして聞いていたが、
「つばめ、つばめ、おまえの生まれた国は遠いかい。」と問うた。
つばめは、かわいらしいくびをかしげて、舟に乗っていくのだといった。
乞食の子は、つくづく悲しそうに、己にゃ金がないといって泣き出した。すると、つばめはいたわって、金なんかいらん。おまえさんがいく気なら、つばめとなっていくのだといった。
乞食の子は、早く自分をつばめにしてくれるようにとたのんだ。つばめは承知して、どこへか飛び去った。その日は、乞食の子は森の中で考え暮らした。どうして自分がつばめとなれるかと考えた。その夜眠って、明くる日になって目をさますと、いつのまにか自分はつばめとなっていた。これは不思議だと思っていると、昨日のつばめが飛んできた。そこで二人は、南の国を指して雲をかすみと旅立った。
そんなこととはすこしも知らない、村の人々は、乞食の子がどこへか姿を隠したのを不思議がっていた。つばめとなった乞食の子は、南の暖かな国へいって王さまとなった。その明くる年から、毎年一度ずつ、昔の村へ飛んできた。そこには自分のねた森がある。またお菓子を取った子供や、財布の銭をまかしたじいさんや、自分を車に載せてどこへかおいてこようとした男などは、あいかわらず村に生きていて、ときどき自分のうわさをしているのを聞いた。けれどいま自分がつばめとなってしまったのを、だれも知っているものがなかった。
分享到: