手風琴(2)
日期:2022-11-27 08:11 点击:250
じいさんは、
変わっている
男だと
思いました。
町の
薬屋へゆけば、このごろどんな
薬でも
他の
町からきている。そして、
光ったりっぱな
容器の
中にはいって、ちゃんと
効能書きがついている。
田舎だって、もうこうした
売薬は、はやらないだろうと
思いました。
「こうして、
歩きなさって、
薬が
売れますかい。」と、じいさんは、ききました。
「
偽物が
安く
買われますので、なかなか
売れません。
薬ばかりは、
病気になって
飲んでみなければわからないので、すぐに
本物とは
思ってくれないのです。」
「
都にゆくと、たくさん、
大きな
工場があって、どんな
病気にもきく
薬をいろいろ
造っているという
話だが。」
「おじいさんは、そんな
薬を
信用なさいますかね。」
「さあ、
私は、じょうぶで
薬を
飲んだことがないからわからないが。」
男は、さびしそうな
顔をして、もう、まったく
暗くなってしまった、
暮れ
方の
空を
見上げました。
「おじいさん、この
小舎のすみに
一晩泊めてくださいますまいか。」と、
頼みました。
「ああいいとも、これから
里へ
出るにはたいへんだ。」
その
晩、
二人は、
炭をたくかまどのかたわらで
語り
明かしました。
夜風が
渡ると、
降るように
落ち
葉が、
小舎の
屋根にかかりました。
夜が
明けて、
男が
出かけるときに、
「もしおじいさん、
腹でも
痛んだりしたときに、これをおあがんなさい。」と、
黒い
色をした
薬をすこしばかりくれました。
「なにかな、これは。」
「くまのいです。このくまは
大きなやつでしたが。」
「こんな
高いもの、
私はいらんが。」
「いくら
達者でも、
人間は
病気にかかるものです。また
来年、
来年こなければ、
明後年やってきます。もし、こなければ、
綱でも
切れて、がけから
落ちて
死んだと
思ってください。」と、
男はいいました。
「じゃ、おまえさんも
達者で。」と、じいさんは、
別れを
告げました。
秋草の
咲き
乱れた
高原を、だんだん
遠ざかってゆく、
手風琴の
音がきこえました。
「
変わった
薬屋さんもあったものだ。」
じいさんは、
働きながら、
男のいったことを
思い
出していました。それには、
真理がありました。かわいい
孫が
腹下しをして、わずか
二日ばかりで
死んだのであったが、せっかく
買ってきた
薬がなんのききめもなかったのが
思い
出されました。
「あのとき、このくまのいがあったら、たすからないともかぎらなかった。」
じいさんは、
男が
残していった、
紙に
包んだくまのいをおしいただいて、
帯の
間にしまいました。
坂に、一
本の
山桜があって、
枝が
垂れてじいさんの
頭の
上にまで
伸びていました。
今年の
葉は、もう
散って、
枝は
裸になっていたけれど、
葉の
落ちたあとには、
来年咲く
花のつぼみが、
堅く
見えていました。じいさんは、それを
見ると、
花が
咲くまでに、すさまじいあらしと
雪の
時節を
経なければならないのだ。しかし、この
若木は、
無事にそれをしのいで、いくたびも
春を
迎えて、
麗しい
花を
開くであろう、が、こう
年をとった
私は、はたして、もう一
度、その
花が
見れるだろうかと
思ったのでした。しかし、
良薬をもらって、その
考えが
変わりました。じいさんは、にこにことして、
急に
仕事をするのに
張り
合いができたのでした。
「
変わった
薬屋さんだ。
信心するので、
神さまが
薬をおめぐみくだされたのかもしれない。」
じいさんは、まだどこかに
手風琴の
音がきこえるような
気がして、
耳をすましていました。
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