日语学习网
銅像と老人(1)
日期:2022-11-27 08:35  点击:253
 

銅像と老人

小川未明


田舎いなかんでいる人々ひとびとは、とおみやこのことをいろいろに想像そうぞうするのでした。そして、ぜひ一いってみたいと、おもわないものはないのであります。
「ああわたしも、あしこしのじょうぶなうちに、東京見物とうきょうけんぶつをしてきたいものだが、なかなかそうおもってもいざかけるということは、できないものだ。」と、おじいさんは、いいました。
「おじいさん、また、あきになるといそがしくなりますが、いまは、ちょうどひまのときですから、すこしあついが、東京見物とうきょうけんぶつにいっておいでなさいませんか……。」と、せがれがいいました。
おじいさんは、うれしそうにわらいながら、
「なに、いまいかなくとも、また、そのうちに、いいおりがあるにちがいないから、そのときやってもらおう。」と、こたえました。
わかいものたちは、平常へいぜい、おじいさんが、このとしになるまではたらいているのを、感謝かんしゃしていましたから、みんなが、くちをそろえて、
「おじいさん、いっておいでなさいまし。」といいました。
「しかし、おじいさん、一人ひとりでゆかれますか。それが、心配しんぱいです。東京とうきょうは、電車でんしゃや、自動車じどうしゃとおったりしますから、それが心配しんぱいです。」と、せがれが、いいました。
おじいさんは、まだ、きかぬの、がんこそうなからだすって、けたかおで、わらいながら、
「なに、かえって、一人ひとりというものは、いいものだ、気楽きらくでな。まだ、としっても、手足てあしはきくし、えれば、みみもよくこえる。そんな、心配しんぱいはいらない。わたしは、いっても、じきにかえってくるから……。」といいました。
「じきに、おかえりなさらんでも、留守るすはだいじょうぶです。おじいさんがいられなくても、わたしたちだけでせいせば、はたけのことはできます。ゆっくりと、いろいろなところを見物けんぶつして、おいでなさい。」
「おじいさん、ほんとうに、ごゆっくりしておいでなさいまし。」と、せがれの女房にょうぼうがいいました。
「おじいさん、ぼくもつれていっておくれよ。」と、そばで、このはなしいていた、まご正吉しょうきちがいいました。
おじいさんは、正吉しょうきちあたまをなでて、
「おまえなどは、おおきくなれば、いくらでもいってられる。わたし東京見物とうきょうけんぶつにいったら、なにを土産みやげってきてやったらいいものかのう……。」
「ねえ、おじいさん、ぼくも、つれていっておくれよ……。」
「ばか、おじいさんは、幾日いくにちまってきなさるんだ。」
このとき、おじいさんは、東京とうきょうのにぎやかさを、ちょっとあたまなか想像そうぞうしました。そして、もう、そのひとたちの雑踏ざっとうしているなかけて、公園こうえんや、名所めいしょや、方々ほうぼう建物たてもの見物けんぶつあるいている、みずからの姿すがたえがいていたのです。
西郷さいごうさんの銅像どうぞうも、いったらぜひてきたいものだ。」とおもいました。
おじいさんは、わか時代じだいから、この英雄えいゆう物語ものがたりいて、ふか崇拝すうはいしていました。そして、上野うえの公園こうえんへいったら、かならず、この銅像どうぞうてこなければならぬということもっていました。
「そういってくれるなら、一週間しゅうかんばかり、はたけひまのうちに、見物けんぶつしてこようか……。」と、おじいさんはいいました。
「そう、なさいまし。」
それで、うちじゅうのものは、みんな、おじいさんの仕度したくをてつだいました。いよいよ仕度したくもできて、おじいさんは、東京見物とうきょうけんぶつかけることになりました。
正坊しょうぼうや、いってくるぞ。かえりには、たくさん土産みやげってきてやるから、おとなしくしてっているのだぞ。」と、おじいさんは、正吉しょうきちあたまをなでました。そして、おじいさんは、自分じぶん故郷こきょうわかれをげたのです。
汽車きしゃは、おじいさんを東京とうきょうへつれてきました。田舎いなかにいて、おもったより、都会とかいのにぎやかなこと、人間にんげんや、自動車じどうしゃ往来おうらいのはげしいことにをみはりました。それからというもの、毎日まいにち宿屋やどやからては、巡査じゅんさみちいたり、ひとにたずねたりして、あちら、こちらと見物けんぶつしてあるきました。あるよこになって、つかれたあしをたたきながら、
あそんであるくのも、なかなかほねのおれることだ。田圃たんぼはたらくのとわりはない。明日あすは、上野うえのやまへいって、西郷さいごうさんの銅像どうぞうてこよう……。」と、おじいさんは、ひとりごとをいってとこにはいってやすみました。

分享到:

顶部
11/15 17:02